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『民衆バロックと郷土―南東アルプス文化史紀行』感想:★★★★☆

2011.11.03 Thu

民衆バロックと郷土―南東アルプス文化史紀行

L. クレッツェンバッハー 名古屋大学出版会 1988-10
売り上げランキング : 1340909
by ヨメレバ


 その生きている間からペテン師として、また同時に錬金術師として名高かったファウスト博士は、その有名さから死後、既に存在した物語たちと融合し、彼の地獄行き物語はドイツにおいて民衆間で人気となる。
 ファウストの物語は『実伝 ヨーハン・ファウスト博士』とのタイトルの本で他国にまで広まり、イギリスで『フォースタス博士』
との名で劇化された後、ドイツへと逆輸入され(マーロウの『フォースタス博士』以前もドイツで生き延びており、この逆輸入によりドイツ従来とイギリスからの輸入物が融合したとも言われる)、ファウスト博士はドイツの民衆間で生き続けた。
 ゲーテにより文学と化す前の素朴なファウスト人形劇は、1846年にカール・ジムロックによって編纂された『人形芝居 ヨハネス・ファウスト博士』が今も存在してはいるが、成立が後世に過ぎる。
 もう少し古いのはないの? あ、勿論、日本語で。と考えたところで思い出したのが、本書『民衆バロックと郷土―南東アルプス文化史紀行』なのでした。
 Amazonの注文履歴によると、どうも去年の夏に買ったようだ。頭1/3くらい読んだっきり、積んでいた。

 本書は民族学者クレッツェンバッハーが1960年前後に大学で講義用に使おうと書いた草稿を下敷きに書かれており、私のような分野外の人間にも比較的分かりやすく作られている。
 サブタイトルが示す通り、本書がカバーするのは南東アルプス、つまりは主にかつてのハプスブルク家の支配地域である。宗教革命の後、領主主導による反宗教革命が行われ、そしてついにはカトリックが勝利を収めた地域である。
 当初は上からの押しつけでしかなかった反宗教革命が民衆間に根付き(反宗教革命に耐えられなかった人々は他地域に逃げたのだろうが)、そして彼らの手により生み出された祈りや信心の結実が「民衆バロック」であり、それが本書の主題である。この地で生き続けたファウスト人形劇もまた、その一つである。








 本書でファウスト自体には1章あてられている。
 著者クレッツェンバッハーは、ファウスト人形劇は17世紀後半以来、ドイツ語圏南部のカトリック地帯(バイエルン、チロル、ケルンテン、ザルツブルグ、高地オーストリア、ウィーン)で伝承されている、と言う。
 『実伝 ヨーハン・ファウスト博士』を世に出したヨーハン・シュピースがプロテスタントだったことを思うと、なかなかに興味深い記述だ。ファウストは宗派をも越えるらしい。
 また面白いのは、ファウスト劇を広めたのが、広い行動半径を持つ鉱山者の団体と、それと身近な山地の生業者であるとの指摘である。地の奥深くに分け入る鉱山者は魔術との関わりが深いとされ、マーロウの『フォースタス博士』でも鉱物への知識は魔術師の基礎教養だと言われていた。

 本書に収められているのは2篇のパンフレット歌謡である。それぞれ、p.30-40、p.42-44に収められている。
 両方共に、高地オーストリアのシュタイアで印刷され、広く普及した歌謡小冊子『歌謡二篇。御存知ヨーハン・ドクトル・ファウストの仔細なる物語。当年印刷。』からの収録であるらしい。
 具体的な印刷年は不明であるが、カトリック的なオーストリアの人々が18世紀語っていた内容を伝えていると思われる。
 一篇目のp.30-40の歌謡では、ファウストが悪魔にキリストの絵を描かせるのが異色である。だがこのファウストも、やはり最後の望みすら捕まえられずに、悪魔に連れ去られて地獄へと去る。
 当時の人形師は、この歌謡を木人にプロローグとして朗読させ、その内容に従っていくつかの場面を実際に演じてみせたのだそうだ。その際におどけ役のカスパルを配し、ファウストの苛烈な地獄堕ち物語に笑いを沿えた。その要素は後のカール・ジムロックによって編纂された『人形芝居 ヨハネス・ファウスト博士』にも生きている。

 ファウストは地獄に堕ちるが、それは決して彼が犯した悪魔との契約ただ一点のみによってではない。
 現在もだろうが、バロック時代の人間にとっては殊更、人間とは弱く、善と悪の境目に揺れ動き続け、そして突然「生」を奪われては、今までの人生の精算を突きつけられる存在であった。故に、その突然の「終わり」に瀕しては、救い主の登場が必須であったのだ。
 与えられた救済の道すら拒絶し、罪深い傲慢と思い上がりの末に死ぬファウストこそがレアケースなのである。

 破滅しないファウスト、つまりは最後の最後にマリアや聖者などによって救われるファウストの物語として、次の章でヨハネス・テリノウスの話を紹介している。
 これは1660年頃にシュタイアマルクやケルンテンで成立した物語であり、テリノウスは印刷師である。かつての印刷業もまた魔術との因果関係を疑われていたのを思えば、この設定も当然と言ったところか。
 契約の終了日が近づく中、テリノウスは悪魔が自分を捕まえに来る日に怯え、修道院へと駆け込む。悪魔は修道院には入れず、とうとうテリノウスの魂を諦め、彼がかつて己の血で記した悪魔との契約書を修道院に投げ込んで去る。という修道院万歳物語。
 これに準じる話として、もう一つクリストフ・ハイツマン(元はホルツマイヤー)という絵師の物語が紹介されている。シュタイアマルクの霊場マリーアツェルの霊験記によれば、ハイツマンは1669年に悪魔と9年間の契約を結んだものの、後に後悔し、マリーアツェルへと赴き、ここで悪魔払いの儀式を受けた。彼は1678年のマリア生誕の日に悪魔から解放されたのだそうだ。まぁつまりはマリーアツェル万歳物語である。
 これらの平和な話と比べると、ファウストの異質さと苛烈さが浮かび上がる。ファウストには救済されるだけの余地があるものの、実際にそれを得るのにはレッシング、そしてゲーテを待たなければならなかった。

 このファウスト類似物語の中で個人的に一番惹かれたのは、上記テリノウス、ハイツマンの話の後に記されている「ツェノドクス」別名「パリの博士」だ。
 この主人公ドクター・ツェノドクスは生前は現世での評判に気を配り、事実、尊厳を勝ち得たのだが、死後に自らの罪によって地獄行きを言い渡される。ツェノドクスの屍体は、彼のための死者祈祷が行われている中で突如立ち上がり、次いで己自身を告発し、堕地獄を語り出す。
 この強烈な逆転劇はヤーコプ・ビーダーマン脚本によるものが最も有名であり、貴族や民衆の前で上演を重ねたのだそうだ。私も読んでみたいのだが、Googleに訊いてもちっとも返事が返ってこない。


 以上、長々とファウストに纏わるところを書いて来たが、本書の内容はファウストに限定されているわけではない。サブタイトルの通り、南東アルプスに著者が見つけた過去のバロックの息吹を丹念に探った静かな1冊である。
 問題としては、この本やたらと重くて読んでいると腕が疲れるということくらいか。
 Amazonに表紙の画像データがないためにこの記事ではNO IMAGEになっているが、セブンネットとbk1にはデータがあるので見たいか方はどうぞ。


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テーマ別:ファウスト|ジャンル別:民俗学
その他は右カラムのカテゴリから選択してください。




 ファウストを追って『ファウスト博士 付人形芝居ファウスト』、『フォースタス博士』と来たけれど、ちょっと寄り道。
 意外なところで積読本を1冊崩せたや……。
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