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『ファウスト博士 付人形芝居ファウスト』感想:★★★☆☆

2011.10.27 Thu

ドイツ民衆本の世界 3

松浦 純 国書刊行会 1988-11
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by ヨメレバ



 ファウスト博士は十六世紀に実在した人物である。彼が具体的に誰なのかは未だに判然としないのだが、その足取りは公的文書に残されている。以下、解説から。
足跡を辿ってみれば、ほぼ確実なところでは、一五〇六年ゲルンハウゼン、おなじころヴェルツブルク、一五〇七年クロイツナハ、一五一三年エルフルト、一五二〇年バンベルク、一五二八年インゴルシュタット、一五三二年ニュルンデルク。(p.302、解説)

 彼は街から街へと放浪する、流浪の人。それは職業と土地に結びつけられていた当時の「普通」の人間とは違う、特別な存在であった。
つけられた称号はインゴルシュタットでは「占師」、ニュルンベルクでは「男色家、妖術師」。(p.302、解説)

 良くも悪くも人とは異なるファウストなる人物は、人々の尊敬と蔑視を同時に受けながら、この時代を生きて死んだようだ。その生き様と共に死に様もまた特別だったようで、故に彼は物語・伝説となり、限りある命しか持たぬ一人の人間から、語られ伝えられる空想の存在へと変貌することとなった。


 ドイツの民衆の間ですっかり人気となったファウストの物語は、過去の他の話をも取り込んで人々の手で大きく育てられていく。
 口で語られるだけであったファウストの物語は、いつからか文字の形を取り始める。その書物たちの中で最も広く流布し、ドイツ語から他の言語に翻訳されフランス・イギリス他にまで広がる礎となったのが、今回の『ファウスト博士 付人形芝居ファウスト』収録の「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」である。時は1587年。
 実伝と銘打ってはあるが、その実体は様々な言い伝えのごった煮に過ぎない。欲張りに面白可笑しい話を盛り込んだために、あちこちで小さな破綻が起こってしまっているが、まぁそんな節操の無さもまた魅力である。

 長くなったので、ここで折りたたみ。









 「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」の伝えるファウスト博士は、メフォストフィレス(メフィストフェレス)に脳髄をブチまけられて地獄へと堕ちる。
 そのファウストの罪は、己の血でもって悪魔と契約を結んだことでも、二十四年も悪魔と悪戯して回ったことでもなく、彼が最期まで神に縋らなかったところにある。
 彼には何度もチャンスがあった。一度など、親切極まりないご近所さんに神に許しを請うようにと諭され、その気になったのだが、残念、メフォストフィレスの方が上手であった。そしてファウストはなんと、二枚目の血の契約書を書かされる羽目となる。
 だが彼の地獄行きはそれでもまだ確定してはいなかった。最期の最期に改心すれば、まだ可能性はあったのだ。しかし、ファウストは
祈ろうとする。だがそれがどうにも信じられない。自分の罪は許されるには重すぎる、と言ったカインと同じだった。あいかわらずファウストも、身売りの証文なぞ書いてはもう駄目だ、と思っていたのである。(p.177, 「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」)

 信じぬ者がどうなるか、これで分かっただろう? そう脅されているかのようだ。
 自分の価値を自分で見定めて、これでは駄目だと見切りをつけてしまうファウストの姿は、これはこれで潔いと思えるのだが。自分の価値など知ったことかと、自分は必ず救われるはずだと盲信するよりもずっと理性的に見える。
 対してメフォストフィレスは言う。
もし手前が先生みたいに人の身に生まれついてましたらね、息の続くかぎりずっと神をあがめて、お怒りをかわぬよう励み、神の教え、いましめ、律法をできるかぎり守りまして、神おひとりにすがり、神を誉めたたえるでしょう。神のみこころにかなうよう、そして死んだ後は、尽きない喜びと光輝、栄光を手にできるようにとね(p.63, 「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」)

 既に霊となり果てた身であるメフォストフィレスに希望はない。けれど、人間であるお前達にはまだ希望があるだろう? そう悪しき霊であるはずのメフォストフィレスは読者に語りかけているのだ。
 悪しき存在のはずなのに、妙に親切な霊は更に言う。相手は迫る最期に怯えるファウストである。
いいですか、悪魔をあんなに信じこんじゃいけませんよ。悪魔ってのは神の猿ですからね。それに嘘つきで人殺しだ。もっとおつむを使うんでしたねえ。いい気になってりゃあとがこわい。人ひとり、死んじまうのは造作もないが、育て上げるにゃ苦労がたいへん。(p.168-169, 「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」)


 基督教徒であるファウストは、メフォストフィレスと契約を結ぶことで神に背を向け、結局最期まで神に膝を折らないまま、それでも基督教徒として死ぬ。彼は盲目的に神を信仰する者としてではなく、自分の価値を自分で判断し、神に全てを委ねることを拒否して死んでいくのである。
 そんなファウストの前では、失ってしまった神の寵愛を未だに欲しているメフォストフィレスの方がずっと人間臭い。
 時代は宗教革命の後、啓蒙の時代の前である。当時の人々はファウストとメフォストフィレスの問答に、一体何を見たのだろうか。彼らに何を託したのだろうか。



 「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」本は英訳されてイギリスへと渡る。その地でファウスト物語はクリストファー・マーロウと出会い、彼の作り上げた劇は逆輸入されドイツへと帰ってくる。そして民衆劇としてドイツ各地で花開くこととなった。
 民衆劇の一つ、人形芝居をカール・ジムロックが1846年に編纂したのが本書に収められているもう一つのファウスト物語「人形芝居 ヨハネス・ファウスト博士」である。

 こちらのファウストも、結局は最期まで神に祈ることが出来ずに地獄に堕ちる。
 しかし、やはり時代が下っている分だけ洗練されている。「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」とは違い、メフィストフェレスはどこまでも悪魔であり、博士を騙して嘲笑う。
 更にこちらにだけ登場する道化役のデク(木偶)が、この重たくなりがちな物語に軽やかさを加え、ファウストの書生であるワーグナーの栄光がファウストの最期と強烈な対比を見せる。
ファウスト、ファウスト、
汝永遠ニ呪ワレタリ!
(p.272, 「人形芝居 ヨハネス・ファウスト博士」)



 いやぁ、面白いな。
 ただの一人の人間でしかなかった「ファウスト博士」がこんなにも人々の興味を引き、今も尚こうして読めるだなんて。しかも日本語で。


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テーマ別:ファウスト|出版社別:国書刊行会
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 「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」、「人形芝居 ヨハネス・ファウスト博士」ともに、本当の作者が誰なのか分からないので、それぞれをヨーハン・シュピース、カール・ジムロックを作者として分類することにした。
 ちなみに「実伝 ヨーハン・ファウスト博士」の活字の大きさや見出しなどの綺麗な装飾は冬澤未都彦の手による。

 国書刊行会の公式サイトによると、今回の『ファウスト博士 付人形芝居ファウスト』を含む「ドイツ民衆本の世界」シリーズは、『ファウスト博士 付人形芝居ファウスト』が品切増刷未定の他、全て在庫僅少なので、欲しい方はお早めに。
 シリーズは全6冊。以下がその全て。
クラーベルト滑稽譚・麗わしのメルジーナ
ラーレ人物語・不死身のジークフリート
ファウスト博士
幸運のさいふと空とぶ帽子 麗しのマゲローナ
ハイモンの四人の子ら
トリストラントとイザルデ
 今回のファウスト以外なら、ワーグナーも取り上げている『トリストラントとイザルデ』が面白そうかなぁ。



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