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『ブラインドサイト』感想:★★★★★

2013.12.17 Tue

ブラインドサイト<上> (創元SF文庫)ブラインドサイト<下> (創元SF文庫)


 我々人間は、果たして「最適解」なのか?
 客観的なる意見など持ちようがない。そういう風に我々は作られてはいないのだ。
 私の見る世界は、どこまでも私本位なものである。私が見たいものしか、私が予測し得るものしか私は見ることが出来ない。
 ブラインドサイト現象もその一つだ。
 視覚野は見ているのに、脳は見ていない状態を指す。目という入力端子から確かに信号は送られているのだが、しかし、脳はそれを認識出来ない。見えているのに、見えないのだ。

脳は生存エンジンであって、真実発見器ではない。自己欺瞞が適応性を促進するなら、脳は嘘をつく。不適合なものを――知覚しなくなる。真実はどうでもいい。適応性だけ。きみたちは存在するがままの世界を体験しない。経験するのは推測に基づくシミュレーションだけ。ショートカット。嘘。種全体が最初から失認症。(下巻 p.140)



 私にはこんな経験がある。
 小学生だったある夏の日、私は学習机に向かって勉強をしていた。すると消しゴムがないのだ。確かに先ほどまではあったはずなのに。
 消しゴムが勝手に動くはずはなく、そして私もまた机から離れてはいない。ならば近くにあるはずだと探し回ったが、ない。
 途方に暮れる中でふと気が付いた。左の手のひらがなんだか暑い。汗をかいている。
 見れば私の左手は握られていた。一体いつから握っていたのか分からぬままに手を開けば、そこにはあれほど探し回った消しゴムが。
 探す過程で何度か視野に左手は入ったはずなのに、それが不自然に握られていることに気が付かなかった。握り締めた手の中に何かがあることを、一度も意識しなかった。
 この経験はなかなかに強烈であって、今でも私は探し物をする際にはまず手を広げてチェックしてしまう。

 他にも、お団子にした髪の毛に鉛筆を差し込んだのを忘れて探し回ったこともある。何故か右手に持った教科書を必死に探したこともある。
 私ほどではなくとも、誰にだってこの手の失態はあるのではないだろうか。
 情報は入力されているにも関わらず、意識されない。この欠陥。
 果たして人間は、本当に優秀なのであろうか。生物として「最適」な進化を遂げた存在なのであろうか?


 人間の設計はただの自然の気まぐれであり、他にもっと素晴らしい解答があるのではないか。知能にはもっと別の姿があるのではないか。
 本書はそう問いかける。
 本書は決して読みやすくはない。登場人物もことごとく人間から逸脱した存在である。
 読む人を選ぶのは確かだが、しかし、一度チャレンジしてみる価値はあると私は思う。







 時は21世紀後半。既に貧困はなく、人々は働かずとも食っていける。
 だが主人公であり物語の語り手となるシリ・キートンは、今となっては貴重な専門家として働く人間であった。
 彼は幼いときに、器質的疾患から脳の半分を取り出す手術を受けており、それを機に彼は今までとは異なる彼となった。新しいシリ・キートンは他者への共感能力を欠いていた。
 だが恵まれた知能を駆使し、彼はその場その場で最も相応しい「解」、振る舞い、を見出せるように己を鍛えていく。そうして曲りなりにも彼は人間社会に潜り込んだのだ。
 その能力を生かし彼は最も素晴らしい「統合者」、ベースライン(従来の人類)には理解し得ない天才の思考を凡人に解説する者、として生計を立てている。しかしシリ本人が、その思考を理解出来ているわけではない。
 彼は謂わば「中国語の部屋」、ルールに則ってただ文字を変換するだけの存在、なのだ。

 ある日、空に異変が走った。65536(2の16乗)個もの流星が、地球を包み込むように等分に現れ、そして消えた。
 後に<ホタル>と名付けられたこの現象は、衝撃的であった。安寧にまどろんでいた人類は<ホタル>現象の理解に躍起となる。
 最終的に<ホタル>現象を人類よりも高度な知的生命体による地球調査だと認定した人間たちは、カイパーベルト内に発見された<ホタル>と関連のある謎の信号源へと調査宇宙船を差し向けることを決める。
 最初は無人の、次は友人の調査船だ。
 乗組員に選ばれたのは、宇宙船の高度なAIと意思疎通が可能な吸血鬼(十字架恐怖症という致命的な欠陥のせいで人間に駆逐されたが、人間を凌駕する能力故に「再生」された)が一人と、二人セットの言語学者、軍人、生物学者、それから統合者だ。セットの片方は、もう片方の予備である。
 乗組員の誰もが超一流の知能と、肉体に大きな手を入れた「拡張された人間」であった。
 シリ・キートンも統合者の一人として選ばれた。統合者の仕事は一つ。人間から逸脱した人間、あるいは吸血鬼である彼の同僚たちの振舞い、また彼らが遭遇するであろう人外の知的生命体の全てを、地球のベースラインにも分かるように解説した形で伝えることだ。
 つまり統合者本人は傍観者であり、この旅自体には何の役割も果たさない……はずであった。

 遠い旅の果て、カイパーベルトの更に外側オールトの雲に冷凍睡眠から目覚めたシリが見たのは、吸血鬼、人間の乗組員、そしてそれから、彼らとは根本的な概念を違えた進化を遂げた存在であった。
 シリらは彼らと意思疎通を図ろうと試みるのだが、それはどこか噛み合わないものであった。まるで「中国語の部屋」のような。



 物語の主軸はファースト・コンタクトなのだが、けれどもこの人外は物語の主体ではなく、触媒でしかない。
 物語で人間側として登場する乗組員は、感覚器官を人工的なデバイスに置換した生物学者、言語処理能力を向上させるために自ら脳に三人の人格を住まわせ四重人格化した言語学者に、極め付けは吸血鬼、主人公自体すらも脳の半球を除去し他人への共感性を失った存在というのが強烈である。
 作中ではシリが語り手であるためか疑問は提示されないが、しかし彼らは果たして人間と呼べるのか、人間の定義とは何かが私は常に気になって仕方が無かった。
 もはや統合者であるシリすら、その肉体から人格を読み取れないほどに機械に自己を投入した人物までいるのだ。彼が人間、生き物、であるならば、人間の技術により蘇生させられた吸血鬼サラスティすらももはや人間の範疇に入るのではないか。
 終盤で私がそう思いかけた途端に物語は大きな転換を迎え、サラスティの、あるいはシリ自身の存在が大きく揺らぐ。

自分は単なる、しゃべる化学反応にすぎないのではないか? エーテルの中の磁石なのでは? わたしは目と耳と舌の集合体以上のものだ。そういう感覚器の奥に存在する、内面から外を見ているものだ。だが、その目から外を見ているのは何者だ? わたしは誰だ? わたしは誰だ? わたしは何者だ?
 何と言うばかげた疑問だろう。おれなら一瞬で答えられていたはずだ。サラスティに理解させられてさえいなければ。
(下巻 p.178)


 彼は統合者である。理解も出来ぬ高次元を、手の届く次元へと変換成さしめる存在。
 彼が誰のために変換を行うのか、彼が語りかける相手が誰なのか。それを真に理解した時に、私が覚えた興奮はなかなか文字には出来ない。
 語り手シリの一人称で物語が語られるために、彼が立ち位置を変える度に物語もまた新たな面を見せる。何が正解で何が嘘なのか、そんなことはシリには分からない。人間は物事を自分の外側から真に客観的に見ることなど出来ないのだから。
 人間のこの限界、意識が有する「ブラインドサイト」という欠陥。
 結局のところ、物語最後に人間に訪れる結末は、<ホタル>の主とは関係がなく、人間自身の原因故なのだ。そう、我々は「最適解」ではない。

 まぁ、この物語の最後はシリの予測であって、実際のところはどうなっているか不明なのだが。
 意外とピンピンしてたりして。

ブラインドサイト<上> (創元SF文庫)

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レーベル別:創元SF文庫|ジャンル別:SF小説
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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 シリの名前の由来は、iPhoneのSiriなのかな?
 スマホに向かって話しかけるのが小っ恥ずかしくて私は使ったことがないのだけれど、便利なんだろうかSiriさん。

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Category:星5つ:★★★★★ | Comment(2) | Trackback(0) | top↑ |
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こんにちは。

2006年の作品なので Apple の Siri とは全く関係ないと思います。立派な感想ですね。
pBVo/hCE | a nanny mouse | URL | 2013.12.18(Wed) 02:02:08 | [EDIT] | top↑ |

Re: タイトルなし

a nanny mouseさん、こんにちは。

 言われてみればそうですね。かなりションボリ。
 コメントありがとうございました。
- | 春色 | URL | 2013.12.20(Fri) 12:07:24 | [EDIT] | top↑ |

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