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『ロウソクの科学』感想:★☆☆☆☆

2011.09.03 Sat
ロウソクの科学 (岩波文庫)
ロウソクの科学 (岩波文庫)ファラデー 竹内 敬人

岩波書店 2010-09-17
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 ファラデーが1860年の年末から61年の年始めにかけて行ったクリスマス講演を本にしたのが今回の1冊。翻訳本は何冊も出ているが、読んだのは2010年に出た新訳の方。
 このクリスマス講演とは名前の通りクリスマスシーズンにイギリスで行われる科学講演であり、現在でも毎年開催されている歴史ある講演である。夏には日本でもイギリスから講師を招いて行われており、今年も今月18日に東京大学で行われる予定となっている。時期が時期だけに、既に申し込み期間は終了しているが。
 公式サイトはコチラ:第22回英国科学実験講座
 サイトのアドレスがhttp://event.yomiuri.co.jp/2011/xmas_lecture/なので、この2011部分を2010や2009に変えれば過去のも見られるのかとやってみたところ、2006年まで見ることが出来た。2006年から2009年までは東京と他一都市の二ヵ所で開催していたようだ。また大阪でも開催して頂けると嬉しいです、主催の読売新聞さん。

 更に調べてみたところ、日本での講演がサイエンスチャンネルで無料視聴出来ることを知った。
 サイエンスチャンネルの公式サイトはコチラ:サイエンスチャンネル
 今日の番組表の下に番組検索ボックスがあるので、検索してください。現時点では2003年から2010年の講演までが見られるようです。


 いつまでもクリスマス講演自体の話をしていても仕方が無いので、『ロウソクの科学』の内容に移ろうと思うのだが、しかし「1860年の講演を今読む意味が分からない」というのが正直な感想だったりする。
 そんな訳で、続きは折りたたみ。





 いかに天才科学者ファラデーとは言え、やはり彼は19世紀の人間である。故に彼の講演内容はどうにもこうにも古くさいを通り越して、賞味期限が切れている箇所すら存在する。

 生成した液体が水であることを確かめるためだけに金属カリウムを投入するだなんて私には狂気の沙汰としか思えないし、第6講での体内に取り込まれた酸素と、食物に含まれる炭素から二酸化炭素が肺で生成されているとの記述に至っては明白に間違いである。肺で行われているのは二酸化炭素と酸素の交換だけであり、食物からエネルギーを取り出し二酸化炭素を生み出す過程はミトコンドリアでのお仕事である。

 第5講のp.133で行われるぼうこう膜を使った実験も私には謎である。この実験はガラス管の片方にぼうこう膜を貼り、もう片方から空気を吸引することで真空状態を作り、ぼうこう膜が外側の空気に押されてガラス管の中に押し込まれ、最後には破れてしまう様を見せ、それによって空気の重さを実感してもらおうというのが主旨である。が、ぼうこう膜は半透膜であり空気を通すとわざわざ訳注で説明されている。ぼうこう膜が空気を通すなら、ガラス管のもう片方からどれほど空気を吸引しようとも、ぼうこう膜を通して空気が流入するのでこの実験は不成立となるはずである。だが実際に成り立ったようなので、恐らくはぼうこう膜が通す空気量よりも、もう片方で行われた空気の吸引が強力であったのだろう。それか翻訳自体が間違っており、実際に使われたのは空気を通すぼうこう膜ではなく、空気を通さない別の膜であったかだ。

 訳注で思い出したが、[]で地の文とは区別されている訳者による補足にも一ヵ所理解出来ないところがあった。p.125、これまた第5講である。
 ここでは空気に酸素以外の気体が含まれていることの証明が行われている。一酸化二窒素(N2O)が酸素と反応して赤色の二酸化窒素(NO2)を生成すること、また二酸化窒素が水に可溶であることを利用して実験を行う。
 用意されるのは2つのビンである。片方には酸素を、もう片方には空気を入れ、そこに試験用気体として一酸化二窒素を入れる。ビンの中の酸素量が違うのだから、生成される二酸化窒素の量も違い、よって赤色の濃さが違う。次に空気のビンに水を入れる実験を行うと、赤色の気体つまり二酸化窒素は水に溶け、赤い気体はなくなってしまう。試験用気体を入れ赤い気体を作り、それを水に溶かす作業を何度も繰り返せば、ある時点を境に赤い気体は発生しなくなる。
 以下、やや重複するが抜粋。先ほども書いたが、[]は訳者による補足。
こうして試験用気体を少しずつ入れていくと、空気や酸素を赤くするこの特別の物質も、もはや赤くならなくなります。どうしてでしょう? 酸素の他に、何かが後に残されているのです。もう少し空気をびんに入れてみましょう。もし赤くなるなら、まだこの赤くする気体が残っていることを意味します。[しかし、赤くなりません。]したがって、この空気が一部、後に残されたのは、この赤色をつくる物質が不足しているためではありません。(p.125)

 水によって赤い物質(二酸化窒素、ひいては酸素)を除去してもなお空気のビンに気体が残っていることを言い切るには、ビン内に赤くする気体(一酸化二窒素)が過剰に存在しており酸素が反応せずに残っているわけではないことを証明しなければならないとファラデーは言っている。つまり空気(含:酸素)を新たに加えたならば赤くする気体(一酸化二窒素)は赤くならなければならないので、[]内は不適切な補足となる。また加えた空気が酸素を含まない実験後のものであったならば[]内は適切となるが、ファラデーの狙いが意味不明となる。
 どちらに転んでも私には理解不能な箇所が残るのだが、一体どうしたら……。


 と、つらつらとツッコミを書き連ねてしまったが、首を捻る箇所は他にもあった。
 これはファラデーの、19世紀の限界であるから咎める気は全くないのだが、しかしこれを現在読む意味が私には分からない。翻訳者が気合い入れてツッコミまくってくれているのなら安心して読めるのだが、それも行われていないようであるし、そんな解答もついていない状態で疑問符を浮かべながら何故読まねばならんのだろうか。
 「何故今更ファラデーの講義?」との疑問に関して、翻訳者は己の考えを述べている。以下、抜粋。
 『ロウソクの科学』は長年にわたって、世界各国で初等・中等理科教育の手頃な教材として用いられてきた。(略)しかし、何と言っても時代も変わった。科学技術も進歩したし、理科教育に関連する書物も溢れんばかりに増えた。
 そう考えると、『ロウソクの科学』も新しい使命を持つべき時が来たのではないか。その使命とは、科学の世界が生んだ最大の講演者、特に少年少女を含めた市民に対する講演者としてのファラデーの偉大さを改めて学び、今後の理科教育の生きた教材として活かすことである。科学の知識のソースとしてではなく、科学的精神とは何かを少年少女に伝える材料としてである。
(p.248)

 確かに本書は楽しい。ファラデーは楽しそうに、また聴衆を楽しませようとして講義を行っている。それは分かるのだが、いや、分かるからこそ、内容を改訂して現代化すれば良かったのではないかと思ってしまった。科学の歴史を勉強してるわけではないのだから、こんな賞味期限の切れた内容を読まされても困るし、時代遅れとなった部分を丸呑みする人が出るのはもっと困るだろう。

 そんなこんなで「1860年の講演を今読む意味が分からない」の感想で終了してしまった。
 そもそも今後の理科教育の生きた教材として活かすのが本書の使命ならば、理科教育に携わる予定などない私には全く読む理由がなかった、ってことになるしなぁ。
Theme:読書感想 | Genre:本・雑誌 |
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