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METライブビューイング2013-2014『鼻』感想:★★☆☆☆

2013.11.18 Mon


METライブビューイング2013-2014


 私の今年度初METライブビューイングは、ショスタコーヴィチの『鼻』。

 オペラって何? 総合芸術さ!
 とでも言いたくなるほどに、オペラというか演劇というかな一作でした。
 原作がゴーゴリの同名の短篇だけに、オペラにするには尺が足りなかったのだろう。原作はほぼそのままに、場面それぞれが膨らまされ、結果、主題が分かりにくくなった印象。
 話の流れを知ってる私ですら「あれ、今何やってるところなんだっけ?」状態に何度か陥ったので、初見の人がどう感じたのか気になる。



 今回の指揮はパヴェル・スメルコフ、演出はウィリアム・ケントリッジ。
 コワリョフ役はパウロ・ジョット(バリトン)、コワリョフの鼻役がアレキサンダー・ルイス(テノール)、警察分署長はアンドレイ・ポポフ(テノール)。


 呑んだくれの床屋のイワンは、朝食のパンの間から鼻を発見する。
 普段から客のヒゲを剃るのに、相手の鼻を強くつまんでいた彼のこと。もしや鼻を捥いだか切り取ったかしてしまったかと大混乱。
 とりあえず隠しておこうとするのだが、妻は誰のものかも分からない鼻を家に置いておくなど言語道断と夫を鼻ともども追い出す。
 仕方なくイワンは鼻をこっそり捨てようと試みるのだが、周囲の状況がなかなかそうはさせてくれない。

 一方、目覚めた八等官のコワリョフは、昨日こしらえてしまった鼻の上のニキビの具合を見ようと鏡を手にしていた。
 だがコワリョフが見たのは潰れたニキビでも巨大化したニキビでもなければ、つるつるすべすべに治癒された皮膚でもなかった。そもそも鼻そのものがなかったのだ。
 目を疑うコワリョフ。だが夢ではない。その証拠に、下男に捻らせた尻は痛い。
 昨日まで鼻があった場所は、いまや空白! 大変だ。こんな間抜けな姿では、出世どころか笑いものだ!

 慌てて外へと飛び出したコワリョフは、逃げ出した鼻を追い求めて右往左往。しかしようやく出会えた鼻は、自分よりも身分の高い五等官の姿をしていて……。







 ロシア文学お得意の、官位を何よりも重視した結果、それ以外の何もかもが大混乱に陥る物語。
 だが身近どころか己の一部であるはずの「鼻」が失踪し、更には発見した時には自分よりも良い身分に出世しているなんてのは異例中の異例だ。
 自身の一部の大反乱。しかも大成功。

 社会生活を営んでいれば意に染まぬ出来事など日常茶飯事。それを仕方がないと飲み込んではいても、やはり納得出来ぬ思いは溜まり、心の奥底で一つの形を取ることもある。
 普通ならばその塊は塊のままではあるが、もしもこれらの鬱憤がそのまま動き出せれば良いのにと夢見ることだってある。
 それは単なる夢物語。けれども今作のコワリョフの身には起こってしまったのだ。
 彼の一部である鼻は勝手に動き出し、コワリョフの夢である出世を叶えてしまった。
 だがやはり、夢を叶える主体は自分でなくてはならない。己の一部では駄目なのだ。そして勝手に叶えては駄目なのだ。努力は自分でしなければ。
 コワリョフは己の一部を取り戻し本来のコワリョフに戻るべく、己よりも出世した己の鼻の捕獲に挑む。


 今回は休憩がないために、普段ならば幕間に流されるインタビュー映像は冒頭に回されていた。
 それによると、今回はロシア人キャストが大目とのこと。だが直後に主演のパウロ・ジョットはブラジル出身だと明かされて、見ていた私は一人でずっこけた。

 今作の目玉であるウィリアム・ケントリッジによる演出は、良くも悪くも独特。彼は有名な現代芸術家だそうな。興味がないのでサッパリ知らなかった。
 プロジェクターを主体とする映像は独特で、見ごたえがある。このプロジェクターによる演出はどうも世界中で流行っているようだが、個人的には好きではない。
 単に好きではないと断言すると語弊がある。具体的に言うと、本来背景に投影されるべき映像が人間に被さるのがイヤなのだ。
 プロジェクターを投影される面と離して置く必要があるのは分かる。特に投影する映像が巨大になればなるほど距離が必要なのは、当然だろうとも思う。すると、演じる人間がその間に入る、即ちプロジェクターの映像が人間に被ってしまうのも道理だ。
 が、イヤなものはイヤなのだ。使っている人だって、人間にまで映像をおっ被せたいと思ってはいないだろう。意図的に被せることはあっても。
 つまり、技術革新はまだですか! 投影対象のすぐ傍に置けるプロジェクターを早く!

 今回は映像が割りと凝っているがために、人間に被さった時の私の嫌悪感がマックス。もう人間は舞台にいなくて良いよと思うほどにイヤ。
 その映像も茶色や黒といった抑えた色味をコラージュのように使い、加えて共産主義を意味するのだろう赤がポイントとして用いられており、なかなか見所があるのだが、そうは言っても、場面が変わっても基本的な色使いが変わらないせいかずっと見ていると睡魔がやって来る。
 登場人物それぞれがなかなか印象的な衣装を着てはいるが、たくさんいるのでその他大勢の集団としてしか認識出来ず、睡魔は俄然強烈である。

 ただ後半の、コワリョフが鼻が失踪した原因を押し付けた伯爵夫人とその娘との手紙のやりとりの場面は、とても面白かった。
 あれだと手紙を読み終わる前に返事を書いて送っていることになるなぁ、とか思わないでもなかったけれど、細かいことは言わないお約束。
 コワリョフと友人、下男、伯爵夫人と娘のパートだけが唯一「オペラらしい」箇所でもあった。
 他は後半の、鼻は取り戻したが元通りに顔に収まってくれないシーンの、パウロ・ジョットのコミカルな演技が印象的。
 でも一応鼻が失踪したという態なので、鼻になにもせずに演じられると分かりにくい。
 鼻を捥げとは流石に言わないが、件の器官がなくなっていることを示す何かが欲しかったところ。パウロ・ジョットの素敵な鼻が普通に見えている状態で「鼻がない」と嘆かれても、ちょっと反応に困る。


 それとコワリョフが出世欲の虜であることを、もうちょっと示して欲しかった。彼が官位に拘っているからこそ、鼻の方が官位が上だという風刺が効いてくるわけですし。
 あれだと単なる女好きだ。



覚え書き(本に纏わるあれこれ):オペラ感想
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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 同じ料金を支払うのなら、先々週のチャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』の方がお得だった感。個人的に。
 同じくロシアものなら今シーズンには『イーゴリ公』もあるので、こちらに期待しておく。あらすじを見ると、これまたゴーゴリの『隊長ブリバ』に似ているが、原作が同じなのかな。
Theme:オペラ | Genre:音楽 |
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