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『吸血鬼イメージの深層心理学 ひとつの夢の分析』感想:★★★★☆

2013.09.26 Thu


吸血鬼イメージの深層心理学: ひとつの夢の分析

井上 嘉孝 創元社 2013-02-23
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by ヨメレバ


 作者本人が末尾で言ってしまっているが、なんとも対象読者を絞る本である。帯に短し襷に長しと言うか、紐とテープの狭間的な中途半端さ言うか。
 タイトルである『吸血鬼イメージの深層心理学』の「深層心理学」部分に惹かれた人には吸血鬼話に付き合う覚悟が、「吸血鬼イメージ」部分に惹かれた人間には心理学の説明と遭遇する覚悟が必要となっております。
 ちなみに私は、後者のグループでございます。

 そんな後者の方のために言っておくと、吸血鬼イメージの変遷に興味があり既に何冊か読んでいるのならば、取り立てて目新しい話題はない。新しい本だけあって、対象となる小説・漫画・映画が最近の物まで含んでいるのは利点だが、まぁその程度である。
 モンタギュー・サマーズ原著と言いながらその実、日夏耿之介がメイン執筆者と化している『吸血妖魅考』、みなさまご存知、種村季弘『吸血鬼幻想』、作者の論考よりも引用にこそ価値が光る『ヴァンパイアと屍体 死と埋葬のフォークロア』、これら三冊をまだ読んでいないのならば、本書を読む時間をこれらの捜索に充てた方が断然良い。


 とは言えど、対照実験と再現性に拘泥する私にとっては、その二つにそれほど重きをおかない心理学の話はなかなかに興味深かった。








 現在のこの便利な生活を支えているのは、科学技術だとされている。聖書や宗教に比べれば断然若いこの科学なるものの根本は、対照実験と再現性の重視から成っている。

 対照実験とはその名の通り、条件を同一に揃えた二つの対照群に、今回調べたい差だけを付ける実験のことだ。
 同一の葉を二枚用意し、片方は暗室に、もう片方には光を当てて、光合成が行われたかどうかを調べる実験は小学生の頃に誰もが通った道である。これも立派な対照実験の一つだ。
 再現性(大体「再現性が高い/低い」もしくは「再現性がある/ない」との文脈で使うが)はこれまたその名の通り、実験者が誰であろうともその材料・手順が全く同一であれば同じ結果を得られるかどうかを問題とする。


 このどちらも対象が生物、特に人間となると、厳密に適応することが出来なくなる。
 対照実験には同一条件の複数サンプルが必要だが、人間のクローンを作ることは不可能であるから、同一の人間を複数用意することは出来ない。同じ理由で、再現性も落ちる。
 だからこそ実験者は出来るだけ似た人間を集めることになるのだが、しかしそれは「だいたい」同じであって全く同じではない。この「だいたい」を補填するために駆使されるのが統計学であり、おかげで最近では大学の必修単位になっており、数多の学生がその単位のために嫌な汗をかくのである。



 と話がズレた。
 21世紀は生物の時代だなどと言われるが、生物にはゆらぎがある。柔軟性がある。無機物とは違う。
 それを対象とするならば、再現性も対照実験もその厳密さを大きく損なう。

 だが、科学も万能ではない。原則に拘泥するあまりに、今まで見落としてきたものもある。
 それは「個」だ。普遍を目指してきた科学は常に多数だけを見つめてきた。スタンダードから外れたものには、今まで光は当たらなかったのだ。
 本書で作者がとりあげるのは「ひとつの夢」。とある患者がみた夢、個そのものだ。
 本来ならば科学の対象となりえないあまりにも個人的なものを扱うために、作者は科学の大原則から逸脱する。
 対象を客観的に、自身と全く関係のないものとして見るのではなく、それに寄り添う、つまりは観察する自分と観察される自分の二重構造を形成していくのだ。
 それはまるで、科学から魔術への先祖がえりのように私には思えた。

 科学であろうが魔術であろうが、患者が救われるのならば流石の私でも四の五の言わない。だが作者がとりあげる夢の主は、すでに彼の治療室から立ち去ってしまっている。
 つまり作者にとってこの夢は、患者の治療のための道具ではない。もはや患者はそこにいないのだから。だが作者は彼女の夢に、普遍を見る。

 だからこそ、その論考には価値があり、科学の範疇に入ると作者は言うが、しかし、私にはなんとも理解しがたい。
 私自身が科学の原則に拘泥するのは、その指針を信じているからではなく、それを失えば全てが底なし沼と化すのではないかと恐れるからだ。
 どの分野とて、程度の差こそあれ全ては泥沼だ。だが私は、底なし沼だけはお断り申し上げたいのだ。
 私が踏み出すことを躊躇するその沼に深くまで漬かりながらも生還した作者だが、彼が得た結論じみたものが果たして価値を持つものなのか、私には分からない。


 私の感情は置いておいて、作者の持ち帰った話を見よう。
 全ては、作者の診療室を訪れた一人の女性の夢から始まる。それは吸血鬼に纏わるものであった。
 その夢の理由を知るべく、作者は吸血鬼の歴史的なイメージの変遷を追う。それは彼岸の化け物が、此岸の苦悩者に変わり行く内容であった。

 かつて人間を脅かす化け物として登場した吸血鬼は、理性の光によって、化け物としての存在を許されなくなった。だが彼らは死なず、フィクションの存在として生き延びる。
 それは彼らがかつては人間だったが今や人間ではないもの、そして同時に人間と近しい異形として設定されたことが大きかった。彼らは人間と対照をなす存在として、人間存在を考えるための鏡とされたのだ。

 影なくして光はない。そう言ったのは、ブルガーコフ作『巨匠とマルガリータ』に登場する悪魔であった。
 だが理性の光は、どこをかしこをも照らし出し、もはや影は風前の灯火である。しかもこの光は、全てのものは説明可能であると押し付けて憚らないのだ。
 だが人間はそこまで理性的に出来てはいない。機械ではなく、生物なのだから。醜い部分を隠すための場所が、闇が必要である。
 しかしもう外部の世界に闇はない。全ては駆逐されてしまった。いや、自らしてしまったのだ。
 ならば内部にこそと思うのだが、全ては説明可能であるとの押し付けが全てを制圧してしまった。逃げ場はない。

 たった一人がある夜に見ただけの夢を追って作者がたどり着いたのは、追い詰められた現代人の心理であった。
 この危機をどうするのかと問う私に、作者は心理療法の語源を教えてくれる。それは魂を治療することではなく、魂に仕えることを意味するのだ、と。
 自己ではなく、魂。魂。

 私はここに末期感を覚えて仕方がないのだが、これは私だけの問題だと良いとも思う。
 現代科学の忘れ物を受け取るために魔術に近似したように、追い詰められた自己を救うために魂なる太古から存在する(とされてきたもの)に戻る。
 それは解決ではなく、単なる反動にしか感じられないのだが、これもまた私の気のせいであれば良いと願う。



 ただまぁ、道を戻ることで新たな選択肢を見つけることもあるよね、ってことで誤魔化して無理矢理に終わる所存。
 答えがないのが答えだなんて、血も涙もない囁き声もまた聞こえる気がしないでもないが、ガン無視させていただきます。

ジャンル別:人文|テーマ別:吸血鬼
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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