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『輸血医ドニの人体実験 ―科学革命期の研究競争とある殺人事件の謎』感想:★★★☆☆

2013.08.29 Thu


輸血医ドニの人体実験 ―科学革命期の研究競争とある殺人事件の謎

ホリー・タッカー 河出書房新社 2013-05-18
売り上げランキング : 168965
by ヨメレバ


 予想よりも平易な内容の一冊。いかにもアメリカ発の一般向けの科学書と言ったところか。
 「科学革命期の」とあるが、科学革命なるものがその言葉ほど明確なものではなかったこと、また科学者たちとそのパトロンである国あるいは個人により、それぞれの威信を賭けた発見合戦が繰り広げられたいたことが示されるに留まる。
 また「殺人事件」と謳ってはあるが、その顛末は割と簡易に示されるのみであり、当時の面倒極まりない司法制度には触れる程度で深くは踏み込んでいない。

 そのあたりを期待した読者には肩透かし、けれどもその手の興味を持たない読者にはなかなかに魅力的だろう。
 本書で描かれるのは、人間への輸血なる新たな概念に取り組んだフランスの片田舎出身の医師ドニが、血液循環説を支持するイングランドの王立協会(=新勢力)と、頑なに過去の体液説に固執するフランスのパリ大学(=旧勢力)の両方を敵に回しながら果敢に戦い、そして葬り去られるまでの物語である。


 けれどもドニは決して無垢なる悲劇のヒーローではない。彼も、彼のパトロンとなる貴族モンモールも、功名心に焦る卑小なる人間の一人に過ぎない。
 それは真っ向から睨み合う王立協会の面々も、パリ大学の教授連も同じである。誰が歴史的な発見を成し遂げるのか、誰が「正解」を手に入れるのか、誰もが火花を散らして烈しく鍔迫り合いを繰り広げる。
 けれども「正解」を採点してくれる絶対の存在などいはしない。だからこそ、彼らは「政治」を繰り広げるのだ。

 そしてその構図は、基本的には現代になっても変わってなどいない。








 そもそも血とは何だろうか。
 子供の頃、恐らく『封神演義』だと思うのだが、「血兄弟」なる存在を知って驚いたことを覚えている。元々は赤の他人だった二人が傷つけた指を擦り合わせ血の交換を行うことで、兄弟になるのだ。
 その儀式の概念は衝撃的だった。何が衝撃的だったかと言えば、たかが指先の怪我に過ぎないとは言えど、他人の血を入れるという行為そのものだ。
 「他人の血は、他人に他ならない。それを自分の中に取り込むなんてとんでもない。私が私ではなくなってしまう」
 当時の私の気持ちを表すならば、そういうことなのだろう。

 子供だったとは言えど、私は現代人であり、多少の血の交換(そもそも本当に交換出来ているのかも怪しい)が致命的ではないことを知っている。そしてそんな程度で「私が私でなくなってしまう」はずもないと理解している。
 だが問題は理論的な部分ではないのだ。精神的な、言ってしまえば気持ちの問題なのである。

 現代でもこうやって嫌悪感を示す人間がいるのだ。この『輸血医ドニの人体実験』の舞台となった17世紀では尚更だ。
 なにせ当時は体液説がまだ堂々と居座っており、パリ大学医学部では血液の循環説すら跳ね返す頑固な連中が多数派であったのだから。

 その一方で、ハーヴェイが唱えた血液循環説を裏付けるために、イングランドの王立協会の面々は追加実験を行っていた。
 血液が体を一巡するのが本当ならば、足から入れた液体は足に戻ってくるはずだ。あるいは足から入れた液体は循環して体中に運ばれるはずだ。と、牛乳やらビールやら毒物やらが動物の体内に注入されて行く。


 余談だが、古代から座学のみを尊び、実際に手を動かす者手を汚す者を卑下し、肉体労働から距離を置いてきた西洋における「研究」が、徐々に実験に比重を移して行く過程がここに見えて何とも面白い。
 イングランドの王立協会が実験とその手順・結果の公開を重んじ、他者による追加実験・検証への扉を開いたのは印象的である。
 この姿勢は、生半可な実験は批判者により正面から否定される危険に晒されるが、一方で批判者にも批判の正当性を求めることが出来、正当なる結果は正当に認められるであろう。
 「プライバシー? ナニソレ美味しいの?」を地で行く時代であり、己の成果を横取りされることを恐れた研究者たちは手順や材料を暗号で書き残し、本人の死後には何が何やら分からない上に、それが本当なのかただのフカシなのかすら判然としないなんて混沌を極めていた時期だと思えば、王立協会の姿勢は感嘆に値する。


 血液循環説を検証するための注入実験は、血管に栄養剤を注入することで血液を介して体に栄養を補給出来れば、食べ物を摂取出来なくなった患者を生き延びさせることが出来るのではないかとの発想を産み出す。
 だが同時に、血液に牛乳などの液体を加えると凝固し死に至ることも発見される。
 血液を凝固させず安全な栄養補給の液体として候補に挙がったのが、別の健康な個体の血液であった。不健康な個体から悪い血を抜き、代わりに健康な個体の血液を与えることで、健康な性質自体を移すのだ。
 輸血という仕組みの発明である。

 この時点で既に「罠」が潜んでいた。性質の移動という概念だ。
 大量出血した者は死ぬ。血は命そのものである。その考え自体は現在でも死に絶えてはいない。ならば血を移すことで性質も移ると考えるのも、当然であろう。
 輸血実験が動物から人間へと移行する場合に、その一点は大きな問題となった。更に加えて、血の提供者(ドナー)の問題も立ち現れた。
 輸血を受ける側(レシピエント)には不健康な人間を使えば、治療という名目が立ち問題はない。だがドナーは別だ。彼は健康な人間なのである。その腕を切りつけて血を失わせるなんて行為は許されない。

 それを解決するのは簡単だ。ドナーとして健康な人間ではなく、動物を使えば良いのだ。
 しかしここで再度先刻の問題が立ち現れる。性質の移動という概念だ。
 動物の血を入れられた人間は、その動物になってしまうのではないだろうか?


 馬鹿馬鹿しいと言う無かれ。
 例えば、私に何らかの不幸があり大半の臓器を失ったとしよう。そしてその全てを豚から得たとしたならば、私は果たして私のままで居られるだろうか。自分が豚とのハイブリッドであるとの概念に悩まされないだろうか。
 王立協会が倫理的な問題の前で立ち尽くす間隙を縫い、出世心に溢れたフランスの医師ドニが先に実験に着手してしまったことから、事態は一気に変わる。

 ドニは先だって犬から犬への輸血に成功したと謳っていた。それには証人もいたがしかし、その輸血実験は王立協会が発行する出版物から得た実験手順に大きく依存していたのだ。
 それにも関わらずドニは全てを己の手柄だと主張し、王立協会の反感を買う。
 一方のパリ大学医学部も黙ってはいない。こちらは未だ体液説を後生大事に抱える権威ある機関なのだ。その目の前で冒涜的な実験が行われているのを、指を咥えて見ていることが出来るだろうか。
 何よりパリ大学医学部は、ドニの出身校であるモンペリエ大学医学部と敵対関係にあったのだ。

 かくして二方向から睨まれることとなったドニだが、カトリックの国フランスにおいてはそもそも血は禁忌であった。
 冷たい視線に晒される中、恐れを知らぬドニと、彼の支援者であり彼の名声により己の名誉を回復させようと狙う貴族モンモールの二人は、ついに人間を対象とした実験へと突き進む。
 レシピエントとして選ばれたのは、パリでは名高い精神疾患者。ドナーは羊、神の小羊、だ。
 彼の病気の原因となっている汚れた血を減らし、代わりに聖なる羊の血を注ぐのだ。

 これほどまでの敵意に囲まれていて、実験が妨害なく行えるはずもない。科学者は科学者である前に人間であり、当時は現在ほど科学者のフェアさが称えられることもなかったのだから。
 そして事態は殺人事件にまで発展する。



 面白くなかったとは言わないが、やはり全体的に浅さが気になる一冊。
 ドニの行った実験以上に周辺の出来事についての記述が多く、かなり頑張っているとは思うものの、やっぱりポピュラーサイエンス止まりだよなぁ、と。
 いやまぁ、作者は誰もが楽しめるポピュラーサイエンスを目指したのだろうから、それで良いのだが。
 翻訳者のおかげなのか、かなり読みやすく出来上がっているので、肩肘張らずに読む分にはとても面白いと思う。


テーマ別:近世|ジャンル別:自然科学
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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 本書の参考文献として挙げられている書籍の内で日本語翻訳のあるものだけでも読んでみようと思ったのに、軒並み絶版だったでござる。
 流石にハーヴェイの『心臓の動きと血液の流れ(講談社学術文庫)』くらいあっても良いと思うの。

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