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『祈(百年文庫56)』感想:★★★☆☆

2013.08.14 Wed


祈 (百年文庫)

久生 十蘭 アルツィバーシェフ チャペック
ポプラ社 2010-12
売り上げランキング : 630226
by ヨメレバ


 薄い上に文字が大きく、あっさりと読み終わってしまう一冊。
 収録作は以下。

・「春雪」 久生十蘭
・「城の人々」 チャペック、石川達夫・訳
・「死」 アルツィバーシェフ、森鷗外・訳


 鴎外ではなくて鷗外らしいと今知った。そこまで興味がなかったせいで、漢字表記にまで気を配ったことが今までなかったようだ。
 森鷗外(森林太郎)翻訳のものはいかめしくて読みにくいというのが個人的な印象だったのだが、今回は新字・新仮名に改められているせいか、素直に読めた。
 単純に私がアルツィバーシェフが好きだからかもしれないが。
 それにしても、鷗外がまさかロシア語まで翻訳しているとは知らなかった。しかもアルツィバーシェフだなんて、意外なチョイス。
 簡単に調べたところ、他にもトルストイやツルゲーネフ、レールモントフ、アンドレーエフの作品も翻訳していた。
 それ以外にもポーやダイセイニ卿を翻訳していたりと、ドイツ以外にも色々と手を広げており、なんだか気になってきた。
 確かちくま文庫から森鷗外の全集が出ていたはずだけれど、これには翻訳も全部入っているのだろうか。








 話が思いっきり逸れたが、百年文庫56の『祈』に収録されている三編は、全ての作品に死が姿を見せる。
 死は過去として、あるいは未来として、そして突きつけられた現在として、濃厚な存在感を誇示して静やかに微笑む。
 だからこそ、祈るのかもしれない。死から逃れられぬ、そして未だ死を知らぬ者として、溜め息にも諦めにも似た吐息のように。


 「春雪」の主人公・池田は、四月だというのに雪の降るある日、知り合いの娘の結婚式に出席していた。
 そう美しくもない花嫁を見た池田は、戦時中に命を落とした姪の柚子を思い不愉快な気分になる。
 柚子ならこの花嫁よりももっと美しく、より実りのある人生を送れただろうに。それなのに、こんなつまらない娘が生き延びて、柚子は死んだのだ。
 それは完全な八つ当たりであるのだが、けれどもそれほどに若くして死んだ柚子のことは穢れのない思い出として池田の心に爽やかに残っていた。
 その思いのまま、結婚などと縁のないままにあっけなく生を終えた柚子に対する無念をつぶやく池田に対し友人の伊沢は、結婚式くらい柚子だって挙げていたかもしれないと不思議なことを言い出す。
 思わずあっけにとられた池田に向かい、伊沢が明かした柚子の秘密とは……。

 死によって浄化された過ぎ去った生、その中に秘められていた一つの光。
 綺麗にも程がある話なのだが、故にそのままそっと閉じ込めておきたくなる。


 「城の人々」では、若く融通の利かない家庭教師オルガが、全く言うことを聞いてくれない教え子とその家族に振り回され、辛さと惨めさに打ちのめされる。
 今日もまた教え子の伯爵令嬢の元から逃げるように帰った自室では、伯爵夫人が使用人と共にオルガの荷物をひっくり返していた。泥棒の容疑を掛けられたのだ。
 今までに何度もあった服や下着の位置が変わっていた理由が、これでオルガにも分かった。けれど居丈高な夫人に対して、オルガは一言の文句も、それどころか理由の説明すら迫ることが出来ない。
 あまりの仕打ちに、ついにオルガはこの城を出ることを決意する。その理由として、ちょうど届いた母親からの手紙を利用しようとしたのだが、その手紙の内容はあまりにも衝撃的で。

 老伯爵や夫人またオルガのしゃちほこばった姿に比べ、オルガと同じく住み込みの教師であるミスター・ケネディ、また彼の教え子である伯爵の息子の若さがきらりと輝く一編。
 突如口をあけた死の前では、その生がより一層煌く。


 最後の「死」は、ストレートなタイトルそのままに、逃れられぬ死が黒々しい姿を誇らしげに誇示する物語。
 だが影が光なくしては生まれぬように、どれほど深い闇だろうともいつまでもそこに蹲ってばかりはいられないのだ。
 生きる者は、基本的に楽観的なのだろう。その明るさだけが、救いなのだ。

 医学士ソロドフニコフは日課の夜の散歩の途中で、偶然の成り行きから見習士官ゴロロボフの部屋に招かれることとなった。
 ゴロロボフのことを見下していたソロドフニコフだったが、ゴロロボフから死に対する容易ならざる問いを突きつけられ、頭に血を上らせる。
 だがゴロロボフの疑問、またそれに対する彼の確固たる解答が覆せないこと、確かに彼の言うとおりであることを認めざるを得なくなったソロドロニコフは、ゴロロボフが陥ったのと同じ死の暗闇に捕らわれることとなり……。
 ゴロロボフの選択、その一部始終に付き合うこととなったソロドロニコフの混乱と、それを塗りつぶすほどの避けられぬ暗黒。だがそこに突如差し込む光、けれどもそれには根拠がない、の眩さと逞しさが印象的だ。



 立てたひざの上に頭をのせ、目を閉じる。それから静かに立ち上がった時に見える景色は、いつもと違うように思える。
 それはきっと気のせい、あるいは単に長く目を閉じていたせいで光がより一層眩しく感じられるだけなのだろう。
 けれどもそんな錯覚がなければ、いつか終わる生を暮らすことなど出来はしないのだ。私は何かを一心に信じることは出来ないし、何かに必死に祈ることもない。
 だがそれでも、黒く重たい雨雲が去った後に差し込む光に安堵を味わい、嵐の後の静寂に感謝を覚える。そこに理由はない。

 本書に収められた三編はどれも、そんな説明の出来ないささやかな喜びを読後に残してくれる。


シリーズ別:百年文庫|作者別:アンソロジー
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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