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『かくれんぼ・毒の園 他五篇』感想:★★★★★

2013.08.22 Thu


かくれんぼ・毒の園 他五篇 (岩波文庫)

ソログープ 岩波書店 2013-03-16
売り上げランキング : 240218
by ヨメレバ


 岩波文庫からソログープ短編集。
 現在は絶版となっている中山省三郎翻訳の岩波文庫『かくれんぼ・白い母 他二篇』(中山省三郎・訳)に、昇曙夢翻訳による創元文庫『毒の園 他』を合本にした一冊。
 同じソログープ作品とは言えども翻訳者の違う二冊を合本することに違和感を覚えなくもないのだが、ソログープの有名作がこれ一冊で読めるとの利点には敵わないかなとも思う。
 合本しても随分と薄いしね。

 収録作品は以下。

・「かくれんぼ」 中山省三郎・訳
・「白い母」 中山省三郎・訳
・「光と影」 中山省三郎・訳
・「小羊」 中山省三郎・訳
・「白い犬」 昇曙夢・訳
・「毒の園」 昇曙夢・訳
・「悲劇 死の勝利」 昇曙夢・訳
 翻訳者それぞれの解説も収録。


 『かくれんぼ・白い母 他二篇』やアンソロジーに収録されることの少ない「白い犬」が、一番レアリティの高い一編だと思っていたら、著作権の切れた『死の勝利 序詞及び三幕(パンテオン叢書第二編)』が国立国会図書館によりデジタル資料化されており、家のパソコンからでも見ることが出来たのでありました。
 まぁ、表記や仮名遣いが現代化されていることに、今回の岩波文庫版は価値があるのかもしれない。
 同じように著作権が切れデジタル化されているソログープ作品としては、『創造される伝説』の第一部「血の滴」もある。三部作だが二部以降の日本語訳は存在していない模様。英訳版はあるものの、中古価格でもかなりお高い。

 もう何度も書いている気がするので、以下は簡単に。








 「かくれんぼ」は、とある女がふとした思い付きから迷信をこし上げたことが発端となる。その単なる思いつきに過ぎないはずの概念がゆっくりと幸福な母娘の生活に滑り込み、ついには悲劇により幕を閉じる物語。
 「幸福な」と形容され得るものの、そもそもからしてアレクサンドロヴナが幼い娘を触媒あるいは理由かつ原料として作り上げた世界は、彼女が夫の冷たい空気から逃れるための避難所に他ならず、それが完璧であればあるほどに彼女の逼迫感を表してもいる。
 また無学な料理女が思い付く迷信も、本来ならば迷信にもなり得ない代物なのだ。それはアレクサンドロヴナ自身すらも認識しており、作中で彼女自ら明言していることでもある。
 だが彼女の作り上げた娘との世界は、その切迫故に不安定であり、迷信を受け入れる度量も跳ね返す強さにも欠けている。
 娘レレチカを襲う運命が迷信とは無関係なのはアレクサンドロヴナにも読者にも明白なのだが、それにも関わらず、作品中に満ち満ちるアレクサンドロヴナの不安感により、切り離して考えることは不可能である。

 この完全なる否定も、完全なる肯定も許さない、独特の歪みこそがソログープの真骨頂。
 歪みを全部撤去してしまえば、単に「子供七つまでは神のうち」って話でしかないのだが、そんな物語の単純化を拒絶するほどに、物語全体が歪に、そのくせ美しくズレている。


 「かくれんぼ」では負の方向に働いた思い込みが、主人公を立ちなおさせるのが「白い母」。
 主人公はやや巌窟なものの普通の人である上に、ラストも爽やかでなんとも後味の良い一編。


 ソログープの代表作「光と影」は、些細なきっかけから影に捉われていく母子の物語。
 光さえあれば生まれる影の黒々とした存在感と、対する「生きるとは何ぞや」との疑問に対する答えの不在が、二人の行く末を決定的にする。
 「かくれんぼ」が作品全体に漲る不安感と、彼女が作り上げた避難所の破滅の恐怖が印象的だったのに対し、こちらの作品にはその手の張り詰めた感情は見られない。
 だがその一方で、「かくれんぼ」では見えていた破滅の底が見えず、「光と影」の二人のたどり着く場所は底なし沼の如くまだこれからも沈み行く余地を漂わせている。


 「小羊」は、無知故の罪をテーマとした話そのものは典型的な一作。
 けれども描写が光る。


 満月の夜に起こる人狼譚を下敷きにした「白い犬」は、人間社会への倦怠感に満ちた物語。
 主人公の苛立ちが彼女の「正体」のせいなのか、逆にその苛立ち故に彼女は変貌することになるのか、そもそも変身は実際に起こったのか、と疑問は尽きない。
 作品全体に漂う虚無感を最後まで開放も抹消もしてやらないあたりに、作者の抱える虚無感の深さが現れているように思えてならない。


 「毒の園」は、プーシキンの小説「ラパチーニの娘」とプーシキンの詩「アンチャール」からテーマを借用して生まれた一作。
 ソログープは「雪娘」でもプーシキンの小説「雪少女」からテーマを借用している。しかも「雪娘」では、その旨を記載しなかったことから、盗作騒動にまで発展した。
 「毒の園」は、今では一種のテンプレートとも化した「暗殺のために生み出された一種の生物兵器の娘」と彼女を愛する青年の物語。
 生物兵器である娘は、触れる者をもれなく殺してしまうが故に、青年を愛しても一緒になることは出来ない。
 そんな二人の悲恋……のはずなのだが、死を必ずしも悪しき存在とは見なさないソログープの手に掛かると、物語の結末もただ悲しいだけのものとはならない。

 そう言えば、生物兵器として生み出されるのは決まって女で、男ってのに遭遇したことがないような。貧乏神みたいなのはいたけど、毒殺に至るのは思い出せない。
 まぁこのご時世、絶対に誰かが書いてるネタだよね。単に私が物知らずなだけなのだろう。

 ホーソーンの「ラパチーニの娘」を収録しているアンソロジー『毒薬ミステリ傑作選』がちょっと気になる。コンセプトが素敵。


 ラストの「死の勝利」は劇作。
 ソログープは劇の脚本も複数手がけており、気になったので日本語での記述を探してはみたものの「愛と愛」(もしくは単純に「愛」)しか見つけられなかった。
 が、一番の出世作は「小悪魔」(ソログープ自身の長編『小悪魔』を脚本したもの)らしい。ちなみに日本語訳はない。
 だが最も日本語に翻訳されたソログープの戯曲は、この「死の勝利」に他ならない。
 タイトルに違わず死の勝利を歌い上げる今作だが、けれども寓話めいた設定故に死の鮮烈さは緩和されている。

 どこで知ったのか忘れてしまったが、この「死の勝利」はソログープが若くして亡くなった妹へと手向けた作品のはず。亡くした妹に捧げる作品がこれで良いのかと驚いた記憶があるので、間違ってはいないハズ。
 だがそもそもの出典が分からないので、なんとも言えない。

 貧困の中で助け合いながら育ったこともあり、妹の死はソログープには衝撃的であったようだ。
 簡単にソログープの人生を述べると、彼は幼い頃に靴職人の父親を失っている。結果、母親の女中仕事が唯一の収入になり、一家は貧しさに喘ぐ。
 父親には余所の女に生ませた娘がいたともあるが、こちらは六つになるかならないかほどで亡くなっている。この異父妹と、ソログープが後に「死の勝利」を捧げる妹とは別の人物だろう。
 ソログープは女中の息子として貧困を舐める一方で、母の奉公先の貴族一家に気に入られ上流階級を垣間見てもいる。
 彼の作品には貧しさ故に蔑まれる少年、また裕福な暮らしを甘受しながらも満たされない子供が良く登場するだけに、ソログープのこの生い立ちには色々と想像してしまう。
 奉公先の一家に優遇されながら、ソログープ少年は勉学を続け、若くして教員としての職を得る。それは母と妹を養うためのものだったらしく、作家・詩人としてのキャリアをスタートさせた後も続けた教職を、妹の死後には辞している。
 だが男の一人暮らしは米ならぬパンに蛆が涌くものなのか、妹の死の翌年には作家志望の妻を娶ってもいる。
 この妻は内向的なソログープとは違い、大変に外交的な女性であった。彼女の努力によりソログープ邸は作家たちの社交場へと変貌し、ソログープの作家・詩人としての名声も高まって行く。また妻はソログープの創作活動にも関与しており、「古い家」など何作かが妻との共作とされている。
 が、革命の嵐が吹き荒れると共に、ソログープはその思想などから冷遇され、収入の道すらも断たれる羽目に。
 持ち物を売りながらの暮らしを何年も続けた末に、ようやっと掴みかけた亡命への道筋、だがそのタイミングで心を病んでいた妻が衝動的な自殺を遂げる。
 結局、ソログープは生涯ロシアに留まり、病気が死をもたらすまで恵まれぬ晩年を過ごした。

 ……と、そんなことを調べる過程で、「著名人の墓」を網羅したサイト(英語)に遭遇した。
 ちゃんとソログープも、更にその夫人の墓も紹介されていたよ。確か写真もあったと思うが、サイトが重すぎてブラウザがクラッシュしたので、もう一度確かめに行きたくはない。


作家別:ソログープ|レーベル別:岩波文庫
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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 盛林堂ミステリ文庫『いい香のする名前 ―ソログーブ童話集―』が本日発売となったそうな。
 そんな訳で今更ながら『かくれんぼ・毒の園 他五篇』の感想を書いてみた次第。感想と言うか、ただのメモと化した気もするが。

 『いい香のする名前 ―ソログーブ童話集―』が届くのが楽しみだ。
 Amazon経由で買ったソログープの長編"Bad Dream"もアメリカから発送されたそうなので、こちらも届くのが楽しみ。
 お届け予定日が9月17日から10月16日だなんてアバウトと言うか、もうそれ予定日なのかって次元なのと、その割に送料の方が本自体よりも高いという惨状なのが悲しいところ。
 そして英語長編とか、ちゃんと私が読めると良いですよね……って最大の疑問が。

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