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『小悪魔(モダン・クラシックス)』感想:★★★★★

2013.06.17 Mon


小悪魔 (1972年) (モダン・クラシックス)小悪魔 (1972年) (モダン・クラシックス)
フョードル・ソログープ 青山 太郎

河出書房新社 1972-12-17
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 「光と影」や「かくれんぼ」などの短篇で知られるソログープの長編作品。
 彼の描く短篇はごく普通の、まぁ多少は夢見がちな、人々がふとしたきっかけから幻想あるいは思い込みに取り付かれ、その人生を大きく変化させてしまうとの筋書きのものが多い。
 幻想に魅入られる主人公の多くは無垢な子供、少なくとも現実の醜さに耐えられない繊細な人物だ。

 が、今回の『小悪魔』は違う。
 この作品でも主人公ペレドーノフは幻想あるいは思い込みに取り付かれて破滅するし、彼を取り巻く環境は劣悪だ。だがペレドーノフその人もまた、環境に負けず劣らず劣悪な人物なのである。


 ペレドーノフはギムナジウムの教師である。定職を持ち出世欲の強い彼のことを、周囲の人間は自分の娘の良き婿候補と見做し、ことあるごとに結婚の斡旋を行うのだった。
 だがペレドーノフには既に同棲している女があった。この女ワルワーラは美しくもなければ機知に富んだ会話が出来るわけでもなし、更には財産もなく、そもそもペレドーノフは彼女を愛してはいないのだ。
 そんなワルワーラがペレドーノフを捕まえておける理由はたった一つ。彼女の親戚に公爵夫人がいるからだ。その夫人が口をきいてさえくれれば、ペレドーノフは視学官の地位を得られると言うのだ。
 出世欲の強いペレドーノフは、ワルワーラの言う公爵夫人なるあやふやな親戚を当てにして、ワルワーラと暮らし続けていた。ワルワーラはワルワーラで夫人を喜ばすために、早く自分と結婚しろと迫る。
 だが疑り深いペレドーノフは、ワルワーラとの結婚は公爵夫人が自分を視学官にしてくれてからだと譲らない。
 実際のところ公爵夫人とは親しくないワルワーラは焦った。このままではペドーノフは自分の嘘に気が付き、自分を捨てて他の娘と結婚してしまうのではないだろうか。もう若くもないワルワーラには、ペレドーノフほどの良い物件は二度と手に入らないに違いないのに。
 そこでワルワーラは友人と共謀して、公爵夫人の手紙をでっち上げることにした。








 最初は上手く行った。ペレドーノフは素直に騙されて喜んだ。公爵夫人という後ろ盾を得た以上、もはや校長の自分への嫌がらせも無効になるに違いないと彼は信じた。
 だが彼の友人たちがあれこれと疑問を囁いたせいで、ペレドーノフの喜びは薄れ、猜疑心が再度顔を出し、疑心暗鬼は加速する。
 ギムナジウムの生徒たちが自分を軽んじるのは、自分の悪口を校長に吹き込まれたからだ。誰もがみな、自分の成功を妬み、嫌がらせをしているのだ!
 怠惰と無気力に沈み、自然の美しい喜びすらをも自身の中で灰色に塗りつぶし、清らかな子供には侮蔑を、高邁な精神の持ち主には堕落を囁くペレドーノフ自身こそが全ての原因なのだが、猜疑心の虜である彼にそんな因果関係が理解出来るはずもない。
 故に、彼にとって不都合な出来事は全て(彼が信じるところの)敵の陰謀のせいとなり、その結果、彼の精神はますます害され、被害妄想は高まるばかりだ。

 ペレドーノフが一向に自分と結婚してくれないことに焦ったワルワーラが、二枚目の公爵夫人の手紙を偽造したことから、事態は悪化する。
 今回はペレドーノフ以外の人々も、公爵夫人の手紙を本物だと信じた。
 これによりペレドーノフはワルワーラと結婚するのだが、結婚により安堵したワルワーラが口を滑らせたことから手紙の偽造は皆の知るところとなり、ペレドーノフはからかわれることとなる。
 だが既に精神の健康を失したペレドーノフには少しも理解出来はしない。周囲の人間の失笑はただただ彼の心を蝕み、あまりにも高まった被害妄想は遂に犠牲者を要求することとなった。



 ソログープの短篇の主人公たちは、時折こう叫ぶ。「こんな醜い世界には生きていたくない」。
 しかし『小悪魔』の主人公ペレドーノフは思い込みが高じて理解力を失ってもまだ、彼は最後の最後までこの醜い世の中にしがみ付き、そこからの転落を恐れ続ける。世の中に落胆しては死を願う、他のソログープ短篇の主人公たちとは見事に対照的である。
 が、見るもの全てを灰色に塗りつぶす彼の視線が描き出す世界はそれでも幻想的であり、読む者を魅了して止まない。
 例えば彼が自分の敵と見做す一人ヴォロージンの描写などがそうだ。
 どこか羊に似たヴォロージンの外観から、ペレドーノフは彼が羊に変身出来ると思い込み、それによってヴォロージンが自分を絶えず監視し、自分との入れ替わりを狙っているのだと思い込む様は滑稽で、同時に幻想に溢れている。

 ペレドーノフの息が詰まりそうなほどの無気力な幻想とは対照的な眩い生の世界が、後半ますます混乱を極める彼の思想と平行して描かれるのも印象的である。
 ペレドーノフの灰色の世界と対峙する鮮やかな世界を構成するのは、ペレドーノフに女の子だと言い触らされたほどに美しいギムナジウムの転校生サーシャと、一度はペレドーノフの妻候補ともなったマトロフの妹の一人リュドミラだ。
 彼らの穢れない、けれども倒錯的でどこかグロテスクな関係性は、肉体の美と若さと密接に結びついており、ペレドーレフの抱く荒唐無稽な幻想とは全く違う。
 そう、彼らの「遊び」は生に溢れペレドーノフが陥った灰色の被害妄想とは大きく異なる世界のはずなのだが、二人の小さな世界はペレドーノフの幻想と同じような中毒性と溺死可能なほどの深さを有しており、彼らが無傷で遊び続けられるかは覚束ない。
 ペレドーノフが陥った幻想がもはや解けぬ魔法であるのとは対照的に、彼らの魔法はいつ弾けても不思議ではない不安定さを有し、それが故に、彼ら二人の世界は美しい。


 ロシアの醜悪なる片田舎で繰り広げられる、ギムナジウム教師ペレドーノフの出世に対する執念は、いつの間にか被害妄想と彼の幻想と幻覚の物語へと変貌し、若いサーシャとリュドミラの眩いじゃれ合いが語られる隣で徐々に理性を失い、最後の衝動的なラストにまで到達する様は奇怪で醜悪で、また同時に面白くもある。
 ペレドーノフの思い込みは傍から見ていればただの言いがかりあるいは全くの出鱈目ながら、それは彼にとっては紛れもない事実なのだ。
 果たして私は彼を笑うことが出来るのだろうか。私は客観的に見れば可笑しな思い込みをしていないと言い切れるのだろうか。
 その疑問が胸を去らない以上、ペレドーノフの陥る魔法はただの空想ではなく、確かな実体を持って私に己の存在を主張して止まない。



テーマ別:ロシア|作者別:ソログープ
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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 何が面白いのかと問われると困ってしまうが、それでも面白かったとしか言いようのない一冊。
 ただリュドミラの性格が途中で大きく変わっているような気がする。まぁ恋は人を変えるとも言いますし。


 今回の『小悪魔』は、河出書房新社のモダン・クラシックスからでした。

蛇とリンゴ


 表紙にはこんなマークが。微妙に蛇が可愛いけれど、毒々しいな……。

Theme:読んだ本の紹介 | Genre:本・雑誌 |
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