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『吸血鬼』感想:★★★☆☆

2011.07.21 Thu

世界大ロマン全集〈第33巻〉吸血鬼 (1957年)
世界大ロマン全集〈第33巻〉吸血鬼 (1957年)H.H.エーヴェルス 植田 敏郎

東京創元社 1957
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 吸血鬼は吸血鬼でも、今回読んだのはH・H・エーヴェルスの『吸血鬼』。
 以前言っていたように、読んだのは東京創元社の世界大ロマン全集の33『吸血鬼』。翻訳者は植田敏郎。図書館で借りた。
 創土社のブックス・メタモルファスに収められている前川道介翻訳の『吸血鬼』は買うには高いうえに、図書館にもないので諦めた次第。
 この翻訳者の違う2冊でどれくらい差があるのかは知らない。今回読んだ世界大ロマン全集の33『吸血鬼』末尾の訳者あとがきに「紙面の都合で少しつめた個所もある。(p.282)」と記されているので、全訳とは異なるのだろう。


 吸血鬼とは何か、との問いには明確な答えはない。が、根本的には死してなお生きる存在であろう。
 墓の中から地上に彷徨い出ては、本人の意思がどうであれ、己を生に繋ぎ止めるために生あるものの生命を啜る腐敗せぬ死者。けれども「腐らない」ことは大地に拒絶された悪しき者の証であると同時に、神に愛された聖者の印でもある。
 吸血鬼の面白いところはその両義性だ。聖と邪。そして被害者が加害者へと転化する二義性。簡単に割り切れないグレーな境界線上の存在だ。
 そして血を奪われる被害者とて、必ずしも純粋なる被害者ではない。吸血鬼は己の親しい人間を襲うとも言われている。血を求めて目の前に現れた吸血鬼が旧知の人間であったならば、思わず己の血を提供してしまう者もいるだろう。彼を救えるのは私だけ、一度そう思い込んでしまえば、それは血液を支払うに値する甘美な夢となっても不思議はない。
 
 
 本書の舞台となるのは第一次大戦中のアメリカ。軽くネタバレしておくと、本書には死してなお生きる「吸血鬼」は登場しない。
 主人公はフランク・ブラウン。ドイツ人である。世界を旅する彼がアメリカにたどり着いた時には既に、第一次世界大戦が勃発していた。
 夫を亡くし未亡人となっていたかつての恋人ロッテと再会し、雑誌編集者であるテーヴェスと知り合ったフランクは、彼の祖国ドイツのために敵国アメリカを転々としながら演説をぶつこととなる。
 だが、ロッテと再会してからというもの、彼は己の体に異変を感じ始めていた。自分がストローを差し込まれて中の果汁を吸い尽くされたオレンジになったかのようだとの感覚と、またそれを行っているのがロッテではないかとの考えを彼は抱くようになった。
 ロッテがフランクに渡したピカピカする折りたたみ式のナイフ、彼女が買い求めた己の胸を突いて血液を子供に与えようとするペリカンの紋章、ロッテとフランツの体調変動の一致……。
 積もる疑問を解決するべくロッテに迫るフランクだが、ロッテは答えない。答えたくないの。それがロッテの答えそのものであった。
 だがしかし、最後の最後でフランクは真実を知る。彼自身が知らなかった彼の病を。そして彼女の真意を。 







 まぁ、ペリカンのくだりで読者にはもう明かされているも同然だとは思うのだが、主人公のフランクは鈍感と言うかなんと言うか、である。作中の表現から考えれば、フランクは外見にも知力にも秀でているようなのに、結論にたどり着くまでが長い。
 しかもこのフランク、精神的に揺れまくりである。物語は彼の視点でずっと進むので当然のことながら、物語も彼の精神と共に揺れる。
 翻訳のせいもあるのかもしれないが、文章はブチ切れ、彼の思考は飛躍する。その行動には理由などはなく、全ては突発的で瞬間的である。
 この不安定さには最初辟易としたのだが、あまりに延々とどこまでも意味が分からないのが却って清清しくなってきた頃には、何故だか妙にフランクのことが可愛く思えてしまっていた。言うなればロッテの心情ですよ。


 本書のタイトル「吸血鬼」は作中人物の一人ことを指しているのと同時に、この物語の舞台となった時代をも示していると思われる。

 でも、その人たちは赤く見えるの、みんな、みんな! あたしがしたように、また、あなたがしたように! 時代は赤いわ、血で赤いわ。ただそれがあなたの中では、ふつうよりも強く、荒々しく現われただけのことよ! しかも、もっと動物的に、そうおっしゃりたければもっと神的に。
 人類は熱病だったのよ。人類は、健康に、そして若くなろうとして、血を飲まなければならなかったのよ! それで、人類は飲むに飲むんだわ、毎日、毎時。いったい、それはいつ終わることか?
(p.277)

 人間が人間を大量に短期間で殺す。誰も彼もが、より多くの敵に血を流させるために全力を注ぐ。それしか生きる道がないかのように。生に固執する死体である吸血鬼のように、血を、敵の血を渇望してやまない。そしてそれが正しいとされる。戦争は、人間を人間もどきの吸血鬼に変えてしまうのだ、と言うのがこの物語を書いた作者の根底にあるのだろう。


 だが同時に作者は、血への欲求と凶暴性は戦争時に限らず、常に人間に潜んでいるのだとも言う。いつだって己の脳内だけは自由なのだから、と。
めいめいの人間の脳は、各自の瞬間なにかあるものが、神や悪魔が最も美しいダンスを踊ることのできる広間ですよ。ひどく信心深くて神聖な、そしてまたひどく下劣なむごたらしい広間です。運命のまにまにね。(p.123)

 戦争の時代だけに、人間が特別狂うのではない。人間は常に狂おしいまでに求めているのだ。血を、血を、血を、そして生を。人間はいつだって吸血鬼だ。
 けれども犠牲者は誰だ? 誰がその血を与えてくれるのだ? 血を提供する神聖なる女神はどこに? 血を奪われる哀れなる無力な子羊はどこに?
 物語に登場する「吸血鬼」には彼を満たしてくれる唯一の相手が存在したが、しかしそれは彼だけのものだ。私のものではない。
 人類が熱病ならば、それはきっと永遠に治らない病なのであろう。それはいつ終わることか? いやきっと、終わらない。繰り返し繰り返し、私たちは同じ道を行く。


 エーヴェルスが本作品を書いたのは1920年、第一次世界大戦が終結した後のことであった。

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ジャンル別:怪奇小説|テーマ別:吸血鬼
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 埃アレルギーのせいなのか、手が痒くて仕方が無かった。何回手を洗うんだよ、って次元で洗っても痒くなってくるのは非常に困る。
 あと『吸血鬼』なるタイトルの本を読み終わった今朝、というかもう昨日か、久しぶりに貧血に襲われて非常に嫌な気持ちになれた。
 吸血されるなんて、本気で勘弁だわ……。

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