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『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集Ⅰゴシック編』感想:★★★☆☆

2012.12.03 Mon


黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)

エドガー・アラン ポー 新潮社 2009-03-28
売り上げランキング : 116559
by ヨメレバ


 新潮文庫のポー短編集Ⅰは「ゴシック編」と題して、6作品を収録。
・「黒猫」
・「赤き死の仮面」
・「ライジーア」
・「落とし穴と振り子」
・「ウィリアム・ウィルソン」
・「アッシャー家の崩壊」

 どれも既読、だけどもポーの怪奇幻想な作品がオーソドックスに集まっている点は高評価。
 しかし、どうにもこうにも、久しぶりにこう言いたくて堪らなくなってしまった。「日本語でおk」

 何だか変だよ日本語が。折角のゴシック風味なポーの作品なのに、もはや日本語しか気にならないよ。
 それも、どいつもこいつも奇妙な日本語なら慣れもするのに、作品によって日本語の奇妙さレベルが違うのがまた耐えられない。これ同じ人が訳してるんだよね?
 翻訳者が様々な創元推理文庫の『ポオ小説全集』シリーズの方が違和感が断然マシなのは、どうしてだ。
 あちらもあちらで、古すぎて日本語に苔が生えてる気配すら見られるし日本語としてどうなのと思う箇所もあったが、それでもこの奇妙に捻れた日本語よりは良い。

 しかも何が怖いって、この手の文句を言っている人がざっと検索した限りでは見つからなかったという事態。
 この日本語の奇妙さが、私の書く文章の奇妙さとどこか似ているから、一種の自己嫌悪で私はここまで過剰に反応してるとでも言うのだろうか。
 まぁ何にせよ、違和感にのたうち回ったのが私だけなら、それは幸いなことだ。
 作品のラインナップとしては、初ポーな人にとても良いと思うしね。








 「黒猫」は、今やポーの代表作の一作とも数えられる作品。
 主人公「わたし」の理不尽さと人間臭さは、きっと理解出来ない人間の方が幸福だろう。
 けれど拾った子猫に心からの愛情と、そしてトイレにまで付いてくる小五月蠅さとテンションの高さに「この細い首に手をかけたら……」と想像したことのある私としては、「わたし」を否定することは出来ない。
 自分の中に芽生える黒い感情。それを倫理の名の下に否認し、なかったことにすることは本当は容易い。
 だがそれは正しいことなのだろうか。倫理、それは世代によって姿を変える程度のか弱い存在だ、を基準に己が確かに抱いた感情を踏みつぶすことは正しいのだろうか。それによって自分は正しい人間になれるのだろうか。
 感じてしまったその瞬間に、もう己は汚れてしまっているのでは。
 そして同時に思う。
 汚れていない人間などいないのではないか、と。もしも自分は潔白だと言う人がいるならば、それは阿呆か鈍感かのどちらかに違いない、と。

 そうは言っても、自身の黒い感情に戸惑うことはあれど、実際に手を下すことは滅多にない。
 だがこの「黒猫」の主人公である「わたし」は、酒の力の後押しを受けて、ついには他者の命に手を伸ばす。
 ただでさえ因習を持つ黒猫、それもプルートーなどと不吉な名を付けた黒猫が「わたし」にもたらす物語の終焉とは。


 「赤き死の仮面」は、国中に赤き死をもたらす疫病が跋扈する中、民を見捨てて貴族たちだけを引き連れて城に籠城した国王プロスペローを巡る物語。
 鮮やかなる色彩の記述が美しく、またラストシーンの劇的さも素晴らしい。
 ただプロスペローと言えば魔術師のイメージのはずなのに、ここでポーが国王の名とした理由がよく分からない。


 3作品目「ライジーア」は、ポーお得意の失われた美女譚の一編。
 主人公「わたし」は、ライジーアなる美しくそして由緒正しい、けれども彼は彼女の家柄のことを確かには知らない、姫と結婚し、彼女に導かれるようにして生きていた。
 だがライジーアはある日病に倒れ、永遠に「わたし」の元を去ってしまう。
 失意の彼はライジーアの残した遺産を元に暗澹たる日々を過ごし、そして気の迷いからロウィーナ姫と再婚するのだった。だがその姫もまた病魔に倒れ、死んだ。
 ライジーアとは違い、かの姫のことをさほど愛していたとは言えない「わたし」ではあったが、夫としての義務から姫の死骸を見守っていたところ、その異変は始まった。
 死と生の境界線を揺るがせるライジーアの、もしくは薬でその境界線すら見失った「わたし」の迎えるラストシーンが良い。
 が、この再婚相手のロウィーナ姫が気の毒だ。


 「落とし穴と振り子」は、怪奇風味の強い本書内に於いて、主人公の理詰めの思考法が異彩を放つ一作。
 暗闇に取り残され、更には徐々に落下してくる振り子の鎌から逃れようと死力を尽くす主人公と、彼を待ち受けるラストは印象的。


 「ウィリアム・ウィルソン」もまた有名な一作。ドッペルゲンガーの言い伝えを下敷きに、物語は展開する。
 奔放に生きる主人公は、寄宿学校で自分と全く同じ名前の人物と出会う。不遜な生き方をする自分を窘める相手に反発と密かな恐怖を覚える主人公は、彼への復讐を誓い、彼の眠る部屋に侵入する。
 だがそこでみた相手の顔は、まさにまさに。
 恐怖の余りに学校から逃走した主人公であったが、その恐れも長続きせず、次には大学で奔放に破廉恥にはしゃぎ回る。
 遂には堕落するところまで堕落した主人公の前に、あの同姓同名の彼が現れたことから、事態は一変してしまう。

 この作品もまた印象的な結末を迎える。が、ただこの作品は主人公が書いているという形式なのに、こんな結末を迎えた後に主人公が理路整然とこんな文章を書いているとは少し考えにくいのが残念。
 まぁ「主人公は最後死んでるってのに、誰が書いたのさこの話」なんてのはお約束の一種なので、突っ込むのは野暮か。


 トリを飾るのは、ポーと言えばやっぱりこの作品「アッシャー家の崩壊」。
 幼い頃の友人ロデリック・アッシャーに招かれて屋敷を訪れた「わたし」が目撃することとなる、アッシャー家の最期の物語。
 ロデリックの奇妙な考え方と、それを当然とさせる屋敷の存在感、そしてロデリックの妹が罹患するゴシックものではお約束な死体の如き硬直を特徴とする病気……と、舞台装置は万全。
 ラストシーンで「わたし」が見上げる光景を、一緒に見上げていただきたい。



 以上、翻訳に文句さえ抱かなければ、一部の人間には高評価間違いなしの6編でした。
 翻訳に文句は山ほどあるが、それでも作品が面白いことには変わりないので、星はこの数にしておく。
 ただこの手の作品は、大絶賛出来ない人間の方が幸福度が高そうな気がしないでもない。


ジャンル別:ゴシック小説|作者別:エドガー・アラン・ポー
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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 「ウィリアム・ウィルソン」で思い出したが、そういえば「書物の王国」シリーズの『分身』を読んだのに感想を書いていない。
 他にも書いていない「書物の王国」は複数あるはずだが、もはや何を読んだのか分からなくなって来た。

分身 (書物の王国)


 Amazonを見る限りでは、「書物の王国」シリーズは随分と捌けて在庫がなくなってきているようだから、早めにまだ買ってないのを入手しておかないと。
 でも何を持っていないのかもよく分からなく……。

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