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『ポオ小説全集1』感想:★★★★☆

2012.11.30 Fri


ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1)

エドガー・アラン・ポオ 東京創元社 1974-06-28
売り上げランキング : 102010
by ヨメレバ


 ポーの作品を発表された順に、傾向に配慮せずに収録した全集の第1巻。
 収録作品と翻訳者は以下。

・「壜のなかの手記」 阿部知二・訳
・「ベレニス」 大岡昇平・訳
・「モレラ」 河野一郎・訳
・「ハンス・プファアルの無類の冒険」 小泉一郎・訳
・「約束ごと」 小泉一郎・訳
・「ボンボン」 永川玲二・訳
・「影」 河野一郎・訳
・「ペスト王」 高松雄一・訳
・「息の喪失」 野崎孝・訳
・「名士の群れ」 野崎孝・訳
・「オムレット公爵」 永川玲二・訳
・「四獣一体」 高松雄一・訳
・「エルサレムの物語」 高松雄一・訳
・「メルツェルの将棋差し」 小林秀雄、大岡昇平・訳
・「メッツェンガーシュタイン」 小泉一郎・訳
・「リジイア」 阿部知二・訳
・「鐘楼の悪魔」 野崎孝・訳
・「使いきった男」 宮本陽吉・訳
・「アッシャー家の崩壊」 河野一郎・訳
・「ウイリアム・ウィルソン」 中野好夫・訳
・「実業家」 宮本陽吉・訳


 怪奇的な作品の多くには読んだ記憶があるが、その他の風味のものはほとんどが初。








 今まではポーがアメリカの作家だとの記述を目にする度に、「へぇそうだったんだ」と言ってしまうくらい、ポーがアメリカ人だと感じたことがなかったが、今回でしみじみポーがアメリカ、それも南部の人間であることを認識した。
 怪奇幻想だけがポーの持ち味ではなく、あまりに壮大すぎて語り手に馬鹿にされているのか、それとも語り手が馬鹿なのか分からなくなる、どろりと濁ったけれども陽の明るさを感じる滑稽な法螺話の精神をポーは十二分に有しているのである。
 そのクセに、彼はまた「論理的」、客観的に見ればそれが論理性を有しているかは甚だ怪しいのだが兎も角一種の理論、に拘泥している。
 それは矛盾しているのだが、人間一個の中にも複数の対立する概念が共存可能であることを思えば、特別目くじらを立てることでもないようにも思える。正しさなんていつだって証明は不可能だ。

 更にこの考えを突き詰めるならば、ポーの説く論理がおかしいのか、それとも事実ズレているのは彼以外なのかは判別出来はしない。
 人間なんて論理性も矛盾も混沌も全てを飲み込んで尚、個として崩壊せずに居られるくらいにはデタラメなものなのだ。ならば人間が寄り集まって作る世の中がもっとふざけたものになるのも当然ではないのか。
 私たちが「普通」と呼ぶものは、偶然性を取り込んでは魔法の如き手際で蓋然に変え、矛盾も対立もおおらかに貪欲に飲み込んでは、涼しい顔をして確固として在る一期一会で、なのに厚かましく確かなる永遠を謳う存在だ。
 そして圧倒的に大きく、人間の集合体なのだから個から見れば当然だが、理不尽な程にしっかりとした物体でもある。
 その一方的に巨大な空間の中でしか生きられない人間が、純粋なる論理なるものを武器にその理不尽な世界を突き進めば、どうしたって世の一般とはかけ離れてしまう。
 ポーの作品ではその乖離は捩れて怪奇に、或いは幻想に、または滑稽に、そして時としてポーの苛立ちの形で析出される。が、それでも乖離自体は解消されない。

 ポー自身が主人公となる非小説の形式の作品では、ポーは周囲の無理解をこそ弾劾し、己に失敗の原因があるとは決して考えもしない。少なくとも見かけ上は。
 だが小説の形式となると、その主人公、恐らくはポーの分身だろうに、たちは己の乖離を理解しており、故に自身の気が狂っているのではないかと恐れつつ、もしくは己の異常を受け入れながら物語の中を生き、大抵の場合は破滅する。
 どの作品も、切実である。彼らが怒っていても嘆いていても憤っていても、読み手である私は、その姿に命綱無しの綱渡りを行っているかのような切迫感を見出してしまう。それはポーが批評の形で懸命に己の論理を通そうと足掻く姿を見てしまったからなのだろう。
 小説の中の主人公たちの必死さと、それ故の空回り、その破滅の(しかも大抵は的中する)予感。なんとも、後味の悪い、そしてそれ故に癖になる味わいだ。
 さらに、ポーの描く色彩豊かな背景が、目に焼きついて離してくれない。



 この色。ポーの描く妙に印象的な風景。
 本書を読んでいる間中ずっと、近所の打ちっぱなしの素っ気無いある階段の姿が脳裏から離れなかった。
 どうしてあの階段を思い出すのかと考えていたが、今、気が付いた。あの場所は私の寝不足の象徴だからだ。
 ロクに寝ていない目には、あの階段の段差と影の区別が付けられず、全ては平面としてしか認識出来なかった。そのために、あの地点が実に危険で、最も目を凝らす場所であった。
 必死に降りた階段の先、弱った視神経が薄暗い階段を抜ければ、落ちてくるのは日光。当然、それが与える刺激、本来は些細なはずの刺激は、弱った脳には大きなインパクトであった。
 そんな光に痛めつけられた脳機能には、視神経が担う他の情報全てが強烈なイメージと化す。
 ただの赤がどこまでもビビッドな色に感じられる。全ての色がいつになく、攻撃的な性格を帯びて認識される。物の輪郭は歪み、遠近感も揺らぐ。
 自分が見ているものが実際に存在しているのか、それとも妄想故の産物なのか、分からない。実際に存在していたとしても、果たして正常に「見えて」いるのか定かではない。
 その浮遊感と不安、そして奇妙な興奮。

 だがそんな刺激も、脳の一部分しか刺激しはしない。睡眠不足の脳全体は、今にもシャットダウンしそうだ。
 そんな不安定な脳を留めおくために、脳は必死に思考と呼ばれる仕事を行い続ける。止まると死ぬのだ。
 が、脳の機能はいつになく低い。そのせいで思考は普段と同じレールを歩めずに、あちらこちらと浮気を繰り返し、結果、訳の分からない概念が誕生しては死んでいく。

 叩き込まれた色と光の印象と、奇怪な思考。そしてそれを当然だと感じてしまう自分。
 対して、睡眠不足で普段よりも更に機能の落ちた私と会話する相手は、当然ながら堪らない。いつもは2秒で済む用件に2分掛かる。
 相手も苛立つが、私も苛立つ。どうして分かってくれないのか。
 睡眠不足のせいで既に限界ギリギリの私には、相手が、いっそこの世の全てが理不尽に思えてならない。なにせ睡眠不足な私自身は、己が正常だと思い込んでいるのだから、被害妄想は加速する。


 一瞬でも油断すれば即シャットダウンしてしまいそうな危機感と、周囲との認識のズレ、見える風景の奇妙なビビットさと物の境界の揺らぎ。自分は正常だと言う確固たる自信と、同時に感じる睡眠不足を原因とする頭痛。
 本書を読んでいる間中、一貫して纏わり付いていたのはこの、常に睡眠時間を削っていたあの頃の感覚だ。その代表があの階段だったのだ。

 私は睡眠不足故の一時的な不安定だったが、ポーにはより継続的で完治不可能な不安を感じる。
 それは彼の人生を知ったからこそ後付けで感じるのかもしれないが、もしも本当にあの頃の私よりもずっとずっと深い不安定さの中で生きざるを得なかったとしたら、それは何とも形容し難い不幸だ。
 更に彼が理論なるものに拘泥したその必死さが、不安の裏返しだとしたらとても堪らない。
 極貧を生き、泥酔して死んだ彼は、こうして全集が出される程に名が売れた現在を見たら、どう思うのだろう。
 つまらない仮定だ。けれど、もう少し彼が安定して生きられれば良かったのに。こうやって私に不安をもたらすほどに強い物を書けなければ良かったのに、と考えてしまう。

 まぁ、実際にそんなことになっていれば、現在ポーの名は残っていないのだろうけれど。
 私の胃がキリキリするので、この全集の残りはのんびり読む予定。


ジャンル別:怪奇小説|作者別:エドガー・アラン・ポー
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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Theme:読書 | Genre:本・雑誌 |
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