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悪いのはアイツなんです?:購入履歴・新本編65の2

2012.09.23 Sun


 昨日の続き。国書刊行会の世界幻想文学大系3冊。
 何気に初めて新本で買った。基本的に新本で集める主義なのに、このシリーズだけは何故か一貫して古書で集めていた。

『ヘンリー・ブロッケン』函絵


 1冊目は世界幻想文学大系36、デ・ラ・メアの『ヘンリーブロッケン』。函カバーは黄色。

『不思議な物語』上・下


 続いての2冊も黄色。32のブルワー=リットンの『不思議な物語』上下。
 上下巻なのに、色が違ってややショック。


 この3冊の最終ページにはそれぞれ世界幻想文学大系第三期の一覧が印刷されているのだが、その32がブルワー=リットンの『ストレンジ・ストーリー』になっている。どうやら途中で邦題が変わったらしい。
 後に『神秘のカバラー』として刊行される40も、この時点では『カバラの神秘』になっている。
 これらは些細な問題だが、37としてベン・ヘクトの『悪魔の殿堂』が載っていてびっくり。実際に刊行されたのはレオ・ペルッツの『第三の魔弾』。

 『悪魔の殿堂』は平凡社の『世界猟奇全集08』としてこの時点で既に世に出ていたようだが、昭和9年刊行だし、入手は困難そうだ……。
 それとも他にどこかから出版されていたりするのだろうか。








 デ・ラ・メアの『ヘンリー・ブロッケン』付属の月報は青色。

『ヘンリー・ブロッケン』本体と月報


 月報の内容は、以下。

月報46――1984.12.30
 ・二人のデ・ラ・メア――矢川澄子
 ・リンゴのしぼり汁――金井美恵子
 ・『閾』としてのプラハ――平野嘉彦
 ・ミュンヘンの世紀末、ある風景――鎌田道生


 最初の2つの文章はデ・ラ・メアに関するもの。
 子供の頃の思い出を絡めて語られる「二人のデ・ラ・メア」はなんだか微笑ましい。
 デ・ラ・メアを読むならば、風邪を引いて寝込んでいる布団の中で温くなった「リンゴのしぼり汁」を啜りながらが最適だとする後者は、情景がありありと目蓋の裏に浮かんで説得力がある。
 裏面の「『閾』としてのプラハ」と「ミュンヘンの世紀末、ある風景」はそれぞれ主流たり得なかった2都市の有り様を語っている。


 『不思議な物語』の月報は上下共に紫色でお揃い。

『不思議な物語』上の本体と月報


 上巻付属の月報は47。

月報47――1985.1.30
 ・リットン抄伝――鈴木幸夫
 ・リットンと私――小池滋
 ・ドイツの詩人レーナウ 伝記と詩篇――飯吉光夫


 「リットン抄伝」はタイトル通りの内容。
 リットンの人生をディケンズらとの友情を中心にし、彼が産み出した作品も紹介しつつ簡単に辿っている。
 私もリットンと言えば『ポンペイ最後の日』のイメージしかなかったよ。この『不思議な物語』は打って変わってのロンドンの名物の感すらある化物屋敷も含む幽霊物語とのことで、楽しみ。
 「リットンと私」は「リットン抄伝」とは違って、軽い口調のくだけた語り口。
 思わぬものを思わぬ場所で発見して舞い上がってしまい、後先考えずに購入してしまった上に意味の分からない行為をしてしまう気持ちはとても分かる。
 リットン小説集は一体いくらになったのだろう。

 裏面の「ドイツの詩人レーナウ」はタイトルそのままの内容。
 「葦の歌」、「恋人の棺台のかたわらで」、「悲しみ」、「さまざまな解釈」の4編の詩が翻訳されている。
 そう言えば私、レーナウの劇詩『ファウスト』の日本語訳を探していたんだった。でもどうも存在しないようなんだよね……。誰か翻訳してください。
 

『不思議な物語』上の本体と月報


 『不思議な物語』下巻に付属している月報は48。

月報47――1985.2.28
 ・リットンとディケンズ――宮崎孝一
 ・不可量物質をもとめて――ブルワ=リットンと十九世紀オカルティズム――荒俣宏
 ・永遠なる綱渡りをめざして ロシア・アヴァンギャルドの地平――幻想文学の冒険・7――武隈喜一

 月報46の「リットン抄伝」でも触れられていたディケンズとブルワ=リットンの類似と差異にフォーカスしたのが「リットンとディケンズ」。
 同じ作家という肩書きを持つ二人が始終仲良く友情を保ち続けたらしいことには何だか心が温まる。近すぎるとギスギスしてしまいそう、と思うのは私が小物だからか。

 「不可量物質をもとめて」はそのサブタイトルが内容を示している。
 「科学としてのオカルティズム」と言われても私にはいかがわしいものにしか感じられないのだが、当時の人々は本気で科学として取り組んでいたのだろうなぁとは思う。が、何だかやっぱりイマイチ理解出来そうにない。
 そうは言っても現代の科学とやらも、遠い将来には「何か変」と言われるようになるのだろうが……、ってのもな、うーん。
 その考えもまた、科学は常に進歩するもので過去の誤謬は新しい人たちによって乗り越えられ訂正されて行くなんてシンプルすぎる直線的モデルの信仰下でしか成立しないし。直線的なモデルは実存しているのかね。実存すると思っているだけで、実際のところはどうなのよと思わないでもない。

 裏面の「永遠なる綱渡りをめざして」は、大きく時代が変わったロシアに生まれた実験的な試み、綱渡り、の話。
 それを永遠なるものに出来るかどうかは今後のお楽しみと書いてあるが、はてさて、どうなったのだろう。
 ちなみにこの文章はこの後に刊行された「ロシア・アヴァンギャルド芸術全集」に先立つもののようだ。
 今年秋より刊行しますと書いてあるが、「ロシア・アヴァンギャルド」の最初の1冊が初めて出たのはもう少し遅かったような。


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2012.10.01追記:
 公開にするのを忘れていたので、今更ひっそりと更新……。
 ここにきて最新記事になるのも嫌なので、最初の日付のままにしております。


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