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『サロメ』感想:★★★★☆

2011.07.07 Thu
サロメ (岩波文庫)
サロメ (岩波文庫)ワイルド Wilde

岩波書店 2000-05-16
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エロディアスの侍童 見ろ、あの月を。不思議な月だな。どう見ても、墓から抜け出してきた女のやう。まるで死んだ女そつくり。どう見ても、屍をあさり歩く女のやう。(p.13)



 私は私であり貴方とは違う、なんてのは当然のことだ。
 私は皮膚という境界線で外界から区切られており、孤立している。そんなちっぽけな私が支配出来るのは、せいぜいのところ私本人だけであり、他人の感情に自由に関与するなんてことは不可能だ。

 だが時に、そんな不可能に挑みたくなる時がある。対象となるのは、特定の、執着を抱いた個人である。相手に己を見つめさせたい。相手に己と同じ執着を抱かせたい。相手の心に私を刻み込ませたい。一生忘れられないくらいに強烈に鮮烈に。
 それはドロリとした固体と液体の狭間の重く濁った欲望であり、欲望であるからには逼迫している。相手の心情を忖度してさしあげるほどの余裕などは当然ない。そこに存在するのは、己の欲望が叶うか叶わないかのどちらかの結果だけである。
 故に、手段を問わないのは当然のことながら、未来にも頓着しない。求めるのは、相手に己の存在を刻み付ける一瞬とその成功だけである。そして、その傷跡の種類だって、どうだって良いのである。相手が己に抱くのが愛だろうが憎悪だろうが、どちらでも構わないのだから。欲しいのはただ、その感情の苛烈さと深さだけ、だ。


 そんな誰をも幸福にしない泥沼な視野狭窄に陥るのが、本書のサロメである。
 彼女は前王と妃との間に生まれた娘であり、そして現在は現王エロドの義娘である。彼女の義父は彼女の実父を殺し、その妻を得た。しかしエロドはサロメをも欲していた。

 だが、サロメは
サロメ なぜ王はあたしを見てばかりゐるのだらう、目蓋を震わせ、土龍のやうな目をして?……妙なこと、母上の夫ともあらうに、あんな目であたしを見るなんて。あたしには解らない、どういふ意味なのか……、いゝえ、本当は解つてゐるの。(p.21)

と、王を拒絶する。





 この時点では王こそが「欲望する者」であり、サロメは「欲望される者」である。その向きは視線によって示されており、そしてサロメはそんな「欲望する者」の視線に「土龍(もぐら)のよう」と嫌悪を抱く。
 だが彼女はその後、出会ってしまうのだ、囚われの予言者ヨカナーンに。そしてより近くで見たいと欲する。その瞬間から、サロメこそが見る者、つまりは「欲望する者」へと化す。
 サロメは己を見つめる王を拒絶する。ヨナカーンは己を見つめるサロメを拒絶する。一方通行である。この作品の示す矢印は常に一方向であって、決して両思いになることはないのだ。
 その結末は……。

エロド (略)だが、もう見まい。人は何物にも、何人にも、眼をつけてはならぬのだ。たゞ、鏡だけを見てをればよい。鏡は仮りの面しか写さぬからな……(p.77)



 強烈な欲望が叶わないことを知った時に、取る反応など恐らくは一つしかないのだ。相手に鮮烈な感情を刻み込むことが出来ないのならば、もう二度と感情そのものを感じることがないように。
 けれどその行動は、己の敗北を認めるのと同義である。


サロメ 冷たくて純潔なのだね、月は……さうだよ、月は生娘なのだよ。生娘の美しさが匂つてゐるもの……さうとも、月は生娘なのだよ。一度もけがされたことがない。男に身を任せたことがないのだよ、ほかの女神たちみたいに。(p.22)





 この作品に登場する人間たちは、どいつもこいつも潔いくらいに他人の話聞いてない。
 冒頭に書いた「私は皮膚という境界線で外界から区切られて」いるとの感覚は、近代以降に生まれたものだと『女の皮膚の下―十八世紀のある医師とその患者たち』で知らされた。歴史性を帯びていない普遍の感覚なぞ、存在するのだろうか。

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