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『マンフレッド』感想:★★★☆☆

2012.07.16 Mon


マンフレッド (岩波文庫)

バイロン 岩波書店 1960-03-05
売り上げランキング : 600848
by ヨメレバ



 十六世紀を生き、その奇怪な人生と強烈な死に様で、後に長く語られることとなったファウスト博士。
 彼の生と死に関しては数多の噂が囁かれ、事実には立派な尾ひれが付き、そしていつしか彼は物語へと姿を変える。
 民衆本や人形劇として愛され、その中で何度も何度も地獄に叩きつけられ続けた彼の魂が初めて救済されるのには、十八世紀の啓蒙の時代を迎えなくてはならない。

 ファウストが地獄行きになる切っ掛けは、神のみの持ち物である「知恵」を欲したからである。そしてそのために、メフィストフェレスに己の魂を売り飛ばし、結果、神の赦しを信じることが出来なくなり破滅する。
 神の有する知恵の実に手を伸ばしたこと自体が主たる理由ではない。メフィストフェレスとの契約も然り。ただただ彼は、自分の信仰を失ったが故にメフィストフェレスに喰われるのだと、マーロウと民衆本は言う。己の自重に潰されたのだ。
 だからこそ、ゲーテのファウストは最終的に救済されるのだろう。彼とメフィストフェレスとの契約には時間の規定はない。他のファウストとは違い、彼は減りゆく己の命に震えることも、迫り来る約束の期日に怯えることもない。
 恐怖がなければ、心の揺らぎも少ない。絶望して神を呪うことも、恐れに神に再度縋り付こうとし、そんな見苦しい己に失望することもない。よってゲーテのファウスト於いては、メフィストフェレスとの賭けのみが焦点となる。


 ゲーテ以外の手によるファウストたちは、知恵という禁断の実に手を伸ばした己の罪深さによって自滅するのである。メフィストフェレスはその隙間に入り込んだに過ぎない。
 だがゲーテ以外のファウストたちはメフィストフェレスに残忍に殺されてしまうのだ。己が原因で破滅するのに、その処理を悪魔にさせるのである。
 キリスト世界にあっては自殺は重大なるタブーであることを考えれば、自殺するにも他者が必要なのだろう。だからこそメフィストフェレスが、期日の日に彼の前に現れては彼を惨殺する。
 切り裂かれた死体は、神を信じられなくなった悪人には最も相応しい最期の姿であろう。


 ファウストにとって神の持つ知恵の実に手を伸ばす手段も、最後の自死の方法としても、己の力ではなくメフィストフェレスという他者を用いる。
 つまりは最も汚い部分は悪魔に、という訳だ。
 だがそれは、決して褒められる態度ではない。悪魔が生まれた所以の一つは、人間の手で行うにはあまりにも酷い所業を押しつけるためなのだろうが、けれどそれは潔くはない。
 最も見にくい部分をも自分一人で引き受け、そして自重に押しつぶされて一人で死に往く一人完結型のファウストこそが、本書の主人公マンフレッドなのである。

 ……前振りが壮絶に長かったな。続きは折りたたみから。一応書いておくと、ネタバレ注意。








 マンフレッドは誇り高い。精霊たちを目前にしても、動揺せず、彼らと己が同等のものだと主張して引くことがない。屈しない。
おれの存在の稲妻は、おまえたちのに劣らず
輝き、瀰漫し、遠く達して、
たとえ土塊の形骸に蟄していようと、おまえたちのに屈しはせぬ。
(p.18)

 そんな彼にとって、相手が悪魔であろうが天使であろうが、他者との契約など耐えられるものではない。
 人間よりも高位の存在を前に揺るがない彼ではあるが、同時に己の醜さや限界を悟ってもいるのである。
そして人間とは――その本性をみずからにうべなうのも恥ずかしい存在であり。
またたがいに他人に示すのを憚る存在なのだ。
(p.28)

 かと言って、自分以外の他者になろうとも思わない。
 純粋に生きる狩人と出会い、彼の生を羨みはするものの、マンフレッドにとっては自分自身は唯一無二の存在であり、交換も不可であれば、やり直すこともまた不可なのである。

 彼にとってのマルガレーテすらも既に失われている。ファウストに於けるマルガレーテのように、彼の愛したアスターティは彼のせいで死んだのだ。道ならぬ恋のせいだ。
 そのことをマンフレッドは深く嘆いており、死した彼女との再会を願い続け、そしてそれは遂に叶う。


 神だけが有するはずの真理に己の力だけで迫り、唯一の心残りであったアスターティとの再会をも果たしたマンフレッドには、もはや生きている理由はない。
 アスターティの呪い、もしくは赦しにより、彼には死がもたらされる。だが彼の魂を奪いに来た悪魔を、マンフレッドは拒絶するのである。
 全てを自分の手で行ってきた彼にとっては、死すらも彼個人の物であり、そこに悪魔という他者は不必要なのであった。

 彼は悪魔に言い放つ。
おまえごときのものがおれを誘惑したのではない、誘惑できたわけもない。
おれはお前に誑されもしなかったし、おまえの餌食でもない――
おれ自身がおれの破壊者だったのだ、そして今後も
それにかわりはない。――帰れ、見込み違いの悪鬼めら!――
死の手はおれの上にある――が、おまえの手ではないのだ!
(p.100)


 なんと威勢の良い啖呵だろうか。発した人間は死にかけていると言うのに。
 マンフレッドは己のためだけに生きた。僅かにアスターティとの恋があったが、しかし彼女は彼の分身も同然の存在である。
 彼の人生は彼一人に所有されており、最期まで他人と共有することは出来なかったのだ。それは壮絶な生と死ではあるが、とても物悲しくもある。

 一人で生き、一人で決断し、一人で死ぬマンフレッド。高みを目指して悪魔と呼ばれる他者と契約し、その手によって殺されるファウスト。
 生まれた以上は死ななければならない。だが一体どちらの方が、幸福な人生なのだろう。 


テーマ別:悪魔|テーマ別:ファウスト
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 面白くないとは言わないが、何かと辛かった1冊。
 解説で突っ込まれていたからいいものの、途中の呪詛が誰宛なのか分からなくて首を捻ってしまった。

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