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『火の賜物―ヒトは料理で進化した』感想:★★★★★

2011.07.02 Sat
火の賜物―ヒトは料理で進化した
火の賜物―ヒトは料理で進化したリチャード・ランガム 依田 卓巳

エヌティティ出版 2010-03-26
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 これは良書。ここ最近の(と言えるほど読んでもいないのだが)サイエンスノンフィクションの中では、一番のヒット。
 一応最初に断っておくが、私は基本的に「でかい仮説」をぶち上げる人が非常に好きである。蛸壺化が進行する現代科学において、その境界線に穴を開け、分野を越える大きな仮説を提唱するだなんて、それだけで偉大だと思うからだ。
 分野を越えると言うことは己の守備範囲から飛び出すということであり、そして越えた先の分野の研究者から「専門外のくせに」とせせら笑われる危険性をいつだって秘めている。
 その全てを覚悟して、受け入れて、それでも己の仮説を信じて戦い続け、新たに知識を得る度に仮説の修正をし、そしてそしてこんな一般書を発行するに至るほどの結果を得るとは、そこまでにどれだけの苦労と苦難があったことか。
 まぁ、そんな私の嗜好全開で星5つ評価。ちなみに同じ理由でマクリールの『疫病と世界史』もとても好きだとここで告白しておく。


 長くなったので、続きは折りたたみ。





 本書で作者がぶち上げる「でかい仮説」とは、サブタイトルが示すとおり「料理こそがヒトの進化の要因である」との主張である。


 我が家には自称野良猫な飼い猫がいるのだが、彼女は小さいながらも立派な肉食獣である。三日月のように弧を描く爪は、獲物に刺さりやすく抜けにくい。しなやかな筋肉は卓越した運動能力を彼女に与えている。腰を落として歩く彼女は、気配もなければ足音もしない。小さいながらも、ハンターとしての基本性能は満たしている。
 そもそもとして、我が家の猫は生後二週間で母猫からはぐれて私に拾われたせいか、狩りの方法を知らない「猫もどき」なのだ。それでもいっぱしの肉食獣をきどっており、体格差のある人間に向かって牙を剥く。しかもそれが結構迫力があり、私という人間が所詮は肉食獣に狩られる立場なのだということを教えてくれちゃうのである。猫だから笑っていられるが、これがもう少し大きければ、冗談抜きに泣いてしまうかもしれない。

 そんな我が家の自称野良猫を眺めていてしみじみ思うのは、「人間って身体能力に恵まれていないよな」ということである。爪に保護された指先は本のページをめくるには適しているが、 他の動物に襲い掛かるにはあまりにも無力である。歯も顎の力も、サルにもイノシシにも遠く及ばない。
 現在のヒトの身体能力は、近しい親戚であるはずの類人猿と比べてもあまりにもお粗末だ。どうして人類はもっと肉体的に進化しなかったのであろうか。人間のコンパニオンアニマルである猫はハンターとして肉体を進化させて来た。それなのに我々は何故、こんなにもお粗末なままなのだ?


 この粗末さの要因を、本書の作者ランガムは料理に帰する。我々は料理をし、食物を柔らかく消化しやすくすることに成功した。この成功は我々の祖先を、生の固い食物を咀嚼する必要性から解き放ち、よって顎の強化は行われなかった。
 また料理のために火を使うことは社会性の成長を促し、そして栄養価の高い料理された食物は我々の脳の発達を可能にした。故にヒトは肉体を強化するのではなく、知性を強化する道を進み始めたのである。その結果が現在の我々である。
 と言うのが、作者の主な言い分である。

 だがここで問題になるのは、料理にそこまでの力があるのかということである。
 現在の常識では、料理は単に「嗜好」の問題であり、生の食物でも問題ないと思われている。(『火の神話の起原』でフレイザーが披露する世界の神話の中の複数に於いて、火の不足により温かい食事が摂れない・生の食物ばかりたべるのは嫌だと嘆く物語があるが、それらはやはり嗜好の域を出ない)
 だがランガムはその主張を一刀両断する。そのためにランガムが挙げるのは「生食主義者(名称の通り、生の食物だけを摂取することを己に課している人たちのこと。ヨーロッパにはそれなりの数存在するらしい)」たちの栄養状態である。
 生食主義者の研究結果と、今までに得られている我々の祖先の生活のデータを結びつけ、
ヒトはほかの動物とはちがう。ほとんどの状況で、料理された食物を必要としているのだ。(p.39)

 と結論付けるのが第1章である。
 
 その後も章を重ねるごとに論証を積み重ね、「料理こそがヒトをヒトにしたのだ」との作者の主張に説得力を持たせていく。
 だが第7章では料理がヒト特有の歪な男女の力関係を生み出したのだとまで言い始め、第8章ではヒトが体毛を失ったのも火のせいかもしれないとの説を披露し始める。
 個人的には正直、このあたりは勇み足だと思わなくもないのだが(料理によって男が女を支配するようになる前提としてランガムは、女が男よりも体格で劣っていることを無条件で承諾しているが、他の動物では常に男の方がサイズが大きいとは限らない。どうしてヒトでは男の方が当初から体格に恵まれていたと断定しているのだろうか)、それは本書の魅力を殺すほどの欠点ではない。むしろそれは作者の料理の研究がまだまだ発展途上であり、これからの更なる飛躍の可能性を秘めていることの証左なのだ。

 多少の勇み足はあれど、それを帳消しにしてあまりあるほどに、本書は魅力的である。こんなにワクワクさせてくれるサイエンスノンフィクションはそうそうない。
 ランガムのストーリーテーリングは実に見事であり、翻訳者も理系の人間では無いことが行間から臭ってくるものの、それでも善戦している。実は最初にタイトルを見た時に「賜物って……、普通『これも○○さんの教育の賜物ですな。ワッハッハ』的なお世辞以外で使うか?」とガックリ来てしまい、そんな訳で翻訳には期待していなかったのである。が、蓋を開けてみたら翻訳者は丁寧な仕事をしており、「きっと原作が好きなんだな」と勝手に想像して勝手にほっこりした。



 いやぁ、良い作品読んだなー。ツッコミどころがないわけではないけれど。
 末尾になってしまったが、原作タイトルは"Catching Fire: How Cooking Made Us Human"であり、2009年発行である。英語版wikipediaによれば、2010年のサミュエル・ジョンソン賞の候補にも選ばれている。
 私は全く知らなかったが、サミュエル・ジョンソン賞(Samuel Johnson Prize)はノンフィクションを対象とする権威ある賞らしい。ちなみにサミュエル・ジョンソンは、18世紀初頭のシェイクスピアの研究で有名なイギリス人だそうな。





 何だか久々に科学の本を読んだ気がする。併読していたのが河出文庫の『ロシア怪談集』だったから余計に思ったのかもしれないが。この読み合わせは私史上で過去最高に意味不明。
 『火の賜物』が面白すぎたせいで、過去に読んだ中から個人的に面白かったノンフィクション本をついでに紹介しようかと思ったのだが、現時点で記事の長さが冗談レベルになって来ているので止めておく。気が向いたら、別記事でやるかも。

 とりあえず、マクニールの『疫病と世界史』が面白かったせいで変なテンションのまま買ってしまった、同じ著者の『戦争の世界史―技術と軍隊と社会』に読む価値があるのか誰か教えてください。
 変に高い値段に変な笑い声を上げながら購入したくせに、最初の10pで盛大に挫折しているのです。もうちょっと踏ん張れば面白くなるのコレ?
Theme:読書感想 | Genre:本・雑誌 |
Category:星5つ:★★★★★ | Comment(0) | Trackback(1) | top↑ |
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