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『さかしま』感想:★★★★☆

2012.05.11 Fri


J.K. ユイスマンス 河出書房新社 2002-06
売り上げランキング : 22039
by ヨメレバ


 さかしま、原題は"A REBOURS"、見ての通り英単語ならばreverseが相当するのだろう。
 何がどうリバースなのかと言えば、主人公であるデ・ゼッサントの理想が、である。


 貴族の末裔である彼、デ・ゼッサントは、自由に使える富を有する恵まれた人間であった。
 成人を迎えた彼は、自分と同じく古くからの貴族と付き合ってはその時代遅れの度合いに失望し、今度は自分と良く似た環境の青年と交流してはその愚鈍さに幻滅し、文学者と語らっては彼らの売り上げ主義に不愉快になり、ブルジョアと交わってはその厚顔ぶりに匙を投げた。次には女に走ってみたものの、その快楽にも飽きが来た。
 それどころか、こんなくだらない生活がデ・ゼッサントの健康を害し始めたのだった。

 他人に自分と同等の感情を見いだすことに限界を感じた彼は、パリを離れ小さな一軒家に引き籠もり、一人だけの「理想の世界」を作り上げることを決意する。
 壁紙の色や質感に拘り、部屋を引き立てる置物代わりに亀を購入してはその背を宝石で飾らせ、好みの絵を飾ってはそれらがもたらす感動や空想に一人身を任せる。本棚に己の趣味の書物だけを並べ、またその一冊一冊を特別に仕立て上げさせる。
 たった一人の、誰にも邪魔されない、理想の世界。それは他者にはたった一軒の田舎の家に過ぎないが、デ・ゼッサントにとっては己の空想を自由に羽ばたかせることの出来る果ての無い空間だったのだ。
 だがそんな幸福なはずの生活にも終わりが訪れる。その終止符を打つのは、この生活を始める切っ掛けとなったのと同じく……。


 以下、ネタバレ気味。
 








 三人称で紡がれた物語ながら、読者はひたすらにデ・ゼッサントの、ひいてはユイスマンスの好みを聞かされることになる。主人公は彼であり、登場するのもほぼ彼一人であり、舞台のほぼ全ては彼の邸だけである。
 とてつもなく限定的な小説であり、盛り上がりには欠け、ただ淡々と進んで行く。が、不思議と退屈ではない。
 それだけに、デ・ゼッサントの作り上げた理想が崩壊する理由が酷く残念に思えた。

 世の中に深く埋没し、その醜さ、相容れ無さを実感し、そこから強い反発力を心に抱いて世間の全てから逃げ出し、一人の世界に埋没したデ・ゼッサントなのに、彼は否応なく自分だけの小宇宙からの離脱を強要され、しかもそれを受け入れてしまうのだ。
 彼が作り上げた理想の世界は、彼そのものであり、それらが洗練され研ぎ澄まされるとは即ち、彼自身から脂肪や水分などの不要な部分を捨て去る過程と化すのは道理だ。彼は自分自身を鍋に投入し、ぐつぐつと弱火で煮込んだのだ。
 鍋に砂糖を入れて煮込めば、甘く美味なるカラメルが出来上がるが、そこで火を止めずに煮込み続ければ最後にはどうなるかなど自明だ。
 まさかその明白な未来予想図から、デ・ゼッサントともあろう人間が逃げ出すとは、私は予想しなかった。


 reverseとは言うものの、いつまでもひっくり返ったままでは居られないということか。世間とどれほど相容れなくとも、結局のところ逃げ出せやしないのか。
 さかしまな態度を続けて水平感覚を失ったかのように思えたデ・ゼッサントは、子供時代に受けたキリスト教による教育を思い出したことを切っ掛けに、また医者という絶対的権威の命令により、世間に回収される。

 対して私は一体誰が、何が、私を回収する原動力になってくれるだろうか。キリストの呪縛と無縁の私には、思い出すべき宗教教育など存在しない。医者に頼ろうとも、私は実に低いレベルで安定なのである。デ・ゼッサントのように、肉体も私を救ってはくれない。
 そもそもがデ・ゼッサントのように自分の意志で世間なるものからreverseしたつもりもないのだから、帰り道が分からないのも道理なのだろう。いつから迷子なのかすら分からないのに、どうやって道に目印の石を落とすことが出来ようか。そして、家がどこかなのかも私には分からない。そのような絶対的な存在なぞ、信じられない。

 水平どころか今となっては天地すら不明になりつつある私の目の前で、デ・ゼッサントは伸びきったゴムが収縮するかの如く、彼が作り上げた彼自身の蟻地獄の如き世界から飛び立って行った。口惜しくて仕方が無い。
 私は、デ・ゼッサントには真っ黒に炭化して欲しかったのだ。そして炭と化すのだと信じていたのだ。
 物語の最後に私に残されたのは、デ・ゼッサントが制作の途中だった彼のための蟻地獄だけ。それは私のものではない。
 結局は完成しなかった一人ぼっちの牢獄と同義な彼の楽園を眺めながら、私はそこの犠牲者が殉死者がいないことに失望を抱くことしか出来ない。もはやこの地に彼が戻って来ないことは事実なのだから。





 最後に、河出文庫版の本書に収録されている翻訳者の澁澤龍彦の『さかしま』あとがきを4点のタイトルを太字で列挙しておく。太字以外は私のメモ。

『さかしま』(初版)あとがき
  桃源社、豪華版のあとがき。「1962年7月鎌倉にて」との記述あり。
『さかしま』(普及版)あとがき
  桃源社、「世界異端の文学」シリーズ収録にあたって。
『さかしま』(第三版)あとがき
  末尾に「1973年4月」との記載あり。上記を元にした桃源社から出た新装版のあとがきのようだ。
『さかしま』(光風社版)あとがき
  「昭和59年3月」との記載。同年(1984年)に光風社から出た函入り版のあとがきのようだ。

 河出書房から『さかしま』が出版されるのは澁澤龍彦の死後のため、河出文庫版あとがきなどは存在しないようだ。


作者別:ジョリス=カルル・ユイスマンス|レーベル別:河出文庫
より詳しくは右カラムのカテゴリから選択してください。


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 最後にウルトラC(もしかして死語?)決められて獲物を取り上げられてしまったが、『さかしま』が面白かったので、続けてユイスマンスの『彼方(創元推理文庫)』を読もうかと思ったのに、新本流通してない!
 近所の本屋にひっそりと1冊あったような気がしたので、妙に寒い中行ってみたけれど、記憶違いだったのか売れたのか、やっぱり手に入れられなかったよ……。と言うか、今日寒い。寒すぎる。

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