RSS|archives|admin


スポンサーサイト

--.--.-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


Category:スポンサー広告 | Comment(-) | Trackback(-) | top↑ |

『アルラウネ』感想:★★★☆☆

2011.12.19 Mon


世界幻想文学大系〈第27巻 A〉アルラウネ (1979年)
世界幻想文学大系〈第27巻 A〉アルラウネ (1979年)H.H.エーヴェルス 麻井倫具 平田達治

国書刊行会 1979-08
売り上げランキング : 504377


Amazonで詳しく見る
by G-Tools



 かの有名なドイツ生まれの悪魔メフィストフェレスは、海を渡った先のイギリスでマーロウの手を借りて嘆く。
君は、神の顏をみたわたし、天國の永遠の悅を味わつたわたしが、かうして無限の祝福を奪われて、幾千の地獄の苦痛を受けないと思ふのか。(『フォースタス博士』 p.19, クリストファー・マーロウ 松尾相・訳)

 フォースタス、即ちファウストの慰めもメフィストフェレスの心にまで届かない。彼にとって天国は、神は、この上なく素晴らしい存在なのである。
 そんなにも素晴らしい神とは何なのだろうか?

善なるものはこの世の掟、あらゆる法則と厳格な規律のすべては善いものです。これらの規則を創り、法律と掟を創り給うた偉大な神は善なる存在です。そして、それらのもろもろを尊敬し、己の信ずる善の神に忠実に従いながら、謙遜と忍耐によって己の道を往くのが善良な人間というもの。(『アルラウネ・上』 p.8)


 神とは、あらゆる法則と規律、掟の父親だとエーヴェルスは記す。そしてそれに従うのが「善良な」人間なのだと。
 善良。善。なんだかとても、押しつけがましくはないだろうか。善? 規律は善。本当に? 忠実に生きることだけが我々の生なのか。それは罪人の如く個々人の脚に付けられた鎖に過ぎないのではないのか。
 むくむくともたげるのは反抗心。神の手によって綺麗に創られた善なる掟とやらに逆らってみたくはないだろうか。足首に巻き付く鎖から解放されてみたくはないだろうか。


 本書でそんな邪な反抗心を発揮するのは、フランク・ブラウンである。
 彼がその「着想」を得たのは、法律顧問官ゴントラム氏の屋敷で行われた宴会でであった。たまたま、そうたまたま、氏が祖先から受け継いだアルラウネが、飾られていた壁から落ちてきたのだ。アルラウネ、別名マンドラゴラが。
 アルラウネは絞首刑に処された罪人が最期の瞬間に零す精液と、大地との結びつきから生まれるのだ。それは持ち主に幸運と、そしてついには不幸を運ぶ。
 フランク・ブラウンが抱いた「着想」とは、アルラウネを人間の手で人間の姿として生み出すことであった。縛り首にされる罪人の死の間際の精液を、大地の如き淫乱な娼婦の子宮に人工授精させるのだ。
 彼は伯父である医学博士ヤーコプ・テン・ブリンケンをけしかける。
あなたには可能性が授けられた――神を試みるという能力がですよ! もしも神、あなたの神が生きておられるならば、この傲慢な問いにたいして答えて下さるにちがいありません(傍点省略)(『アルラウネ・上』 p.82)

 神を試みる。フランクが自ら言っているように、それは傲慢な問いかけである。そして、その試みの行き着く先は。
 悪魔メフィストフェレスの手を取ったマーロウのファウスト、フォースタス博士は遂には彼の手先であったはずのメフィストフェレスに引き裂かれて死ぬ。アルラウネは、持ち主に幸運と、不幸をもたらす。
 人間の手で生み出された少女アルラウネは、それを生み出した博士、周囲の人間、そしてフランク・ブラウンの人生を変える。アルラウネに近づきすぎた人間は、彼女の手の上で踊り、おぼれ、死ぬ。それも彼女を愛しながら。

 フランクが問うた傲慢さに、果たして神は答えるのだろうか。神はまだ生きているのだろうか。
 神に対する反抗には破滅以外の結末は存在し得ないのか。
掟は善、あらゆる厳しい規則は善なるもの。そして、それらを創り給うた神も、ともに善の世界のものであります。しかし、無恥な手で、永遠の掟の鉄の結合に掴みかかろうとする者、それは悪魔の子でなくて何でありましょう。
乱暴な主人である彼に手をかす者は、邪悪な人間です。この助けによって、彼は己の高慢な意志の命ずるがままに――あらゆる自然に反して――創造を企てるかもしれぬ。彼の創造したものは四天に聳え立つ、とはいえ、たちまち崩れ去り、それを考え出した厚顔無恥な愚か者を瓦礫の下に埋めてしまう――
(『アルラウネ・下』 p.285)




スポンサーサイト
Theme:読書感想 | Genre:本・雑誌 |
Category:星3つ:★★★☆☆ | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |

『吸血鬼』感想:★★★☆☆

2011.07.21 Thu

世界大ロマン全集〈第33巻〉吸血鬼 (1957年)
世界大ロマン全集〈第33巻〉吸血鬼 (1957年)H.H.エーヴェルス 植田 敏郎

東京創元社 1957
売り上げランキング : 1323689


Amazonで詳しく見る
by G-Tools




 吸血鬼は吸血鬼でも、今回読んだのはH・H・エーヴェルスの『吸血鬼』。
 以前言っていたように、読んだのは東京創元社の世界大ロマン全集の33『吸血鬼』。翻訳者は植田敏郎。図書館で借りた。
 創土社のブックス・メタモルファスに収められている前川道介翻訳の『吸血鬼』は買うには高いうえに、図書館にもないので諦めた次第。
 この翻訳者の違う2冊でどれくらい差があるのかは知らない。今回読んだ世界大ロマン全集の33『吸血鬼』末尾の訳者あとがきに「紙面の都合で少しつめた個所もある。(p.282)」と記されているので、全訳とは異なるのだろう。


 吸血鬼とは何か、との問いには明確な答えはない。が、根本的には死してなお生きる存在であろう。
 墓の中から地上に彷徨い出ては、本人の意思がどうであれ、己を生に繋ぎ止めるために生あるものの生命を啜る腐敗せぬ死者。けれども「腐らない」ことは大地に拒絶された悪しき者の証であると同時に、神に愛された聖者の印でもある。
 吸血鬼の面白いところはその両義性だ。聖と邪。そして被害者が加害者へと転化する二義性。簡単に割り切れないグレーな境界線上の存在だ。
 そして血を奪われる被害者とて、必ずしも純粋なる被害者ではない。吸血鬼は己の親しい人間を襲うとも言われている。血を求めて目の前に現れた吸血鬼が旧知の人間であったならば、思わず己の血を提供してしまう者もいるだろう。彼を救えるのは私だけ、一度そう思い込んでしまえば、それは血液を支払うに値する甘美な夢となっても不思議はない。
 
 
 本書の舞台となるのは第一次大戦中のアメリカ。軽くネタバレしておくと、本書には死してなお生きる「吸血鬼」は登場しない。
 主人公はフランク・ブラウン。ドイツ人である。世界を旅する彼がアメリカにたどり着いた時には既に、第一次世界大戦が勃発していた。
 夫を亡くし未亡人となっていたかつての恋人ロッテと再会し、雑誌編集者であるテーヴェスと知り合ったフランクは、彼の祖国ドイツのために敵国アメリカを転々としながら演説をぶつこととなる。
 だが、ロッテと再会してからというもの、彼は己の体に異変を感じ始めていた。自分がストローを差し込まれて中の果汁を吸い尽くされたオレンジになったかのようだとの感覚と、またそれを行っているのがロッテではないかとの考えを彼は抱くようになった。
 ロッテがフランクに渡したピカピカする折りたたみ式のナイフ、彼女が買い求めた己の胸を突いて血液を子供に与えようとするペリカンの紋章、ロッテとフランツの体調変動の一致……。
 積もる疑問を解決するべくロッテに迫るフランクだが、ロッテは答えない。答えたくないの。それがロッテの答えそのものであった。
 だがしかし、最後の最後でフランクは真実を知る。彼自身が知らなかった彼の病を。そして彼女の真意を。 



Theme:読書感想 | Genre:本・雑誌 |
Category:星3つ:★★★☆☆ | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |