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『悪魔 ―古代から原始キリスト教まで』感想:★★★★☆

2012.06.11 Mon


悪魔 6版―古代から原始キリスト教まで

J.B.ラッセル 教文館 1995-07
売り上げランキング : 857561
by ヨメレバ


 書籍データは6版ながら、私が読んだのは初版。


 人間とはいつだって理由を求める生き物である。
 とは言え、恐らくは本当に欲しいのは理由そのものではない。それが正しいかどうかなど、実のところはどうだっていいのかもしれない。怖いのは理由の不在、「分からない」ことなのだ。


 私が子供の頃のある夜中、自室のドアが軋みながら開いた。それも曰くありげな雰囲気をたっぷりと含んで、ゆっくりと。
 その瞬間、ベッドの上でうとうととしていた私に「何故ドアは開いたのか」との絶対に解かなければならない問いが突きつけられた。
 私は当時飼っていた猫がドアを開けたのだと信じた。理由はそこにしか求められなかったからだ。
 けれども私はベッドから顔を上げてドアを確認することはしなかった。出来なかった。
 そこにもしも猫がいなければ、私は再度「何故ドアは開いたのか」との疑問と対面せねばならなくなってしまうからだ。
 猫説が退けられてしまえば、私に打つ手はない。そうなれば「分からない」ことを認めざるを得なくなってしまう。それは恐怖以外の何者でもなかった。

 その夜の私にとって大切だったのは、「何故ドアが開いたのか」との問いに対する真実ではなく、嘘でも良いから信じられる確からしい答えでしかなかった。
 まだ子供だった私は、自分がひねり出した猫説を抱いて眠った。恐怖心故に、真実の確認を放棄した。「分からない」という事態から逃げ出すために、確からしい答えに縋った。
 今となってはあの夜の真実はもう闇の中だ。すっかり灰になってしまった当時の猫にでも尋ねでもしない限り、分からない。だが猫とて、そんな些細な出来事を覚えてなどいないだろう。

 起こったのはただ、ドアが軋みながら開いた、との一点のみである。風の悪戯か、はたまた猫の気まぐれか、理由などきっと下らないことなのだ。
 けれどもその出来事は私に「分からない」ことの恐怖を刻みつけるのに充分であった。
 当時の私ですら、こんなちっぽけなことに心の底から動揺する自身を嗤った。それなのに、自説を確かめる勇気は持てなかった。これほどまでに容易に恐怖に陥る己を不思議に思った。
 「分からない」ことは、「分からない」ことを認めることは、実に恐ろしい。



 だが、分からないことはたくさんある。
 最も分からないことは最も身近なこと、つまりは自分自身である。特に瞬間的にわき出る強烈な感情、他者に対する恨みや嫉み、殺意などのドロドロとしたものの出所は謎だと言われることが多い。
 個人的には凡人である以上、真っ黒い感情が噴出して何が不思議かと思うのだが、作者ラッセルはそれらの「悪」の一文字で括られる感情が「わたし自身をこえたところからくる(p.272)」ように感じられるのだそうだ。
 そして、「この経験は多数の文化圏に住む精神的に健全な人びとに共通している(p.272)」らしい。
 


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『火の起原の神話』感想:★★☆☆☆

2011.06.23 Thu
火の起原の神話 (ちくま学芸文庫)
火の起原の神話 (ちくま学芸文庫)J.G. フレイザー James George Frazer

筑摩書房 2009-12-09
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 『金枝篇』で有名なフレイザーが作者。翻訳は青江舜二郎
 ちなみに『火の起源の神話』ではなく、『火の起原の神話』。源ではなくて、原。

 ヒトが生活していくに当たっては、「火」は欠かせない要素だ。火は暖房として利用できるし、夜間照明としても気まぐれな月などよりもずっと上等だ。そして何よりも、火があることで料理が出来る。暖かくて柔らかい栄養価の高い食事を作るには火は必須だ。
 つまり人類にとって、火はとてもとても大切なモノなのである。我々はそんな火に対して、どんな概念を抱いて来たのだろうか。その原型を今に伝える、古の姿を残す各地域の神話を収録した1冊。

 素直に言おう。読むのが激しく苦痛であったと。
 ネタ自体は悪くないと思う。国・地域ごとの記述の量に差がありすぎるんじゃないかとか、東アジアの章があるのに日本への言及が一言も含まれていないとか、そこらへんは別にいい。各地方の神話を淡々と羅列するばかりで、考察の分量が少ないのも別にいい。
 問題は、読んでいる間に何度も何度も陥る「あれ、これさっきも読まなかったっけ?」感だ。
 収録されている神話が珍しく感じられるのも最初の内だけ。地域ごとに多少の差はあれど、ほぼ同じ鋳型で形成された神話を延々と、間違って同じページ読んでるんじゃないかとの錯覚にクラクラしながら読むのは辛すぎた。
 終盤の第十五章の古代ギリシア、第十六章の古代インドはそれまでと異質で新鮮さを感じたが、その後の第十七章の要約と結論で脱力。この最後の要約と結論、本当に要約と結論である。苦労して読んできた内容が綺麗に短く纏められている。
 これ、巻頭に掲げてくれれば良かったのに。詳しく知りたいなら以下の章を読めって形式にしてくれれば、こんな呻きながら読む苦痛感も軽減されただろうに。あぁ、無情。
 
 ちなみに、読みにくいのは翻訳者のせいではないと、翻訳者自身が「あとがき」で述べている。
 なんでも名文家として知られるフレイザー自身が、本書では己の技を発揮することを控え、多少粗雑になろうとも語られてきた神話そのままを読者に伝えることに重点を置いているそうで、故に翻訳もそれに習い素材そのままを提供しているとのこと。




 以前言っていた、一人で開催「火」フェア1冊目。
 2冊目以降があるかどうかは、微妙。



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