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『暗く、深い、夜の泉』感想:★★☆☆☆

2011.08.14 Sun
暗く、深い、夜の泉 (一迅社文庫 は 1-2)
暗く、深い、夜の泉 (一迅社文庫 は 1-2)萩原 麻里 Fuzzy

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 「私」はどこまで「私」の支配下にあるのか、という問いかけがずっと以前から気になっている。
 良くも悪くも何かに対して衝撃を受けたときに湧き上がる感情、それは激怒だったり感動だったり歓喜だったり嫌悪だったりするのだが、その源泉を私は知らないし、それが湧き出す勢いもタイミングも私のコントロール下にはない。けれどもそれは紛れもなく私自身の感情なのである。それなのに勝手にあふれ出る感情は、時に私自身をひどく驚かせる。コントロール出来ない私は、一体何に規定されているのであろうか?

 最も私が驚愕するのは、私の『落窪物語』に対する偏愛だ。私はとてもこの物語が好きだ。それは否定しようがない。けれども『落窪物語』は一言で言えば「何もせずに白馬の王子様が出現するのを待つ」物語であり、それを愛する自分自身が理解出来ない。泥にまみれてでも自分の足で歩くことこそを良しとするのが私の嗜好であるはずなのに、それでも私は座してなにもしない『落窪物語』が大好きなのである。素晴らしく矛盾している。
 けれども『落窪物語』を愛する私も、それに対して嫌悪を剥き出しにする私も、どちらも「私」なのであり、無理矢理に否定するのは間違っているように思う。矛盾を解消する術がない以上、私に出来るのはただただ見つめることだけである。

 突発的に湧き上がる感情を否定せずに見つめ続けた結果、一つ気が付いたことがある。私が持っている意外な願望だ。それは自殺願望と名付けられるものであった。私はどこかで己の死を願っているのだ。思考する主体から逃げ出して、ただの物になりたいとどこかで願っている。その願いは静かでその分根深く、そして他者に否定されることを最も嫌っている。
 名付けるならば、それは緩やかな自殺願望。それは意識されるかされないかの境界線上に存在するほどに緩やかであり、また他人に否定されたくないがために他人に説明するのをも嫌う性質を持つ。故に、説明を求められるような激しい行為に出ることはない。高層ビルの上から飛び降りるようなことも、手首を切りつけることもない。そんな激しさとは無縁だ。
 けれど、選択肢が複数あれば、その中で最も死に近づけるものを選ぶ。いつか必ず訪れる死を少しでも手元に引き寄せようと、静かに暗く、深く、願っているのである。

 そんな己の願望を再度意識させてくれたのが本書『暗く、深い、夜の泉』なのでした。
 前振りが壮絶に長くなりすぎたので、あらすじその他は折りたたみ。



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Theme:読んだ本。 | Genre:本・雑誌 |
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