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『吸血鬼イメージの深層心理学 ひとつの夢の分析』感想:★★★★☆

2013.09.26 Thu


吸血鬼イメージの深層心理学: ひとつの夢の分析

井上 嘉孝 創元社 2013-02-23
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 作者本人が末尾で言ってしまっているが、なんとも対象読者を絞る本である。帯に短し襷に長しと言うか、紐とテープの狭間的な中途半端さ言うか。
 タイトルである『吸血鬼イメージの深層心理学』の「深層心理学」部分に惹かれた人には吸血鬼話に付き合う覚悟が、「吸血鬼イメージ」部分に惹かれた人間には心理学の説明と遭遇する覚悟が必要となっております。
 ちなみに私は、後者のグループでございます。

 そんな後者の方のために言っておくと、吸血鬼イメージの変遷に興味があり既に何冊か読んでいるのならば、取り立てて目新しい話題はない。新しい本だけあって、対象となる小説・漫画・映画が最近の物まで含んでいるのは利点だが、まぁその程度である。
 モンタギュー・サマーズ原著と言いながらその実、日夏耿之介がメイン執筆者と化している『吸血妖魅考』、みなさまご存知、種村季弘『吸血鬼幻想』、作者の論考よりも引用にこそ価値が光る『ヴァンパイアと屍体 死と埋葬のフォークロア』、これら三冊をまだ読んでいないのならば、本書を読む時間をこれらの捜索に充てた方が断然良い。


 とは言えど、対照実験と再現性に拘泥する私にとっては、その二つにそれほど重きをおかない心理学の話はなかなかに興味深かった。



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『悪魔の話(講談社学術文庫)』感想:★★★☆☆

2013.03.07 Thu


悪魔の話 (講談社学術文庫)

池内 紀 講談社 2013-02-13
売り上げランキング : 70580
by ヨメレバ


 おどろおどろしいタイトルとは違い、中身は著者の悪魔に関する随筆。
 翻訳者として長く活躍する著者による書き物だけあり、なかなかに面白いのだが……だが、「これ講談社学術文庫で出す内容か?」という疑問がどうにも消えない。
 いつも読んでいる雑誌なり新聞なりの一コーナーに載っていればとても嬉しいけれど、講談社学術文庫として買いたくはなかった。

 まだ別のもう少しライトな文庫レーベルで出してくれれば良かったのに、と書いておきながら私には講談社の中にふさわしいレーベルを思い付けないのだが。
 この『悪魔の話』は以前に一度講談社現代新書から出ているのだが、そのレーベルもちょっと違うかな……。単なる私のイメージだけれど。



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『超古代クリスタル・ミステリー すべての文明の起源は失われた「光の科学」にあった』感想:★★☆☆☆

2013.02.15 Fri


超古代クリスタル・ミステリー―すべての文明の起源は失われた「光の科学」にあった

ロバート テンプル 徳間書店 2001-06
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 タイトルで忌避されそうで損な本、と言うのが一番の感想。
 確かにオカルト染みた考え方も姿を見せるものの、それらはあくまでも作者の個人的な体験・感想として処理されており、作者の言い分はなかなかに理論的でその大半は素直に聞き入れられる内容となっている。
 ただところどころでその言葉はもつれ、晦渋なものとなっているのがやや残念だが。


 本書で作者は、ある出来事が起きた証拠が現存しないことがイコールその出来事が後世の捏造とは限らないことを主張する。
 更に現在の分野が細分化されたことにより知識の範囲が狭まった専門家が見落とした、或いは現在の生活と当時の違いから理解されなくなってしまったことを拾い上げ、現在とは異なった考え方に基づいて発展した「科学」の存在を描き出してみせるのだ。その複雑さと精密さは現在にも匹敵もしくは凌駕していると彼は語る。

 主として舞台となるのは、古代エジプト、そしてギリシアである。
 太陽の光と影を手引きにピラミッドの「本当の」姿を描き出そうとも奮闘しているので、そのあたりに興味がある人には堪らないだろう。



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『悪魔 ―古代から原始キリスト教まで』感想:★★★★☆

2012.06.11 Mon


悪魔 6版―古代から原始キリスト教まで

J.B.ラッセル 教文館 1995-07
売り上げランキング : 857561
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 書籍データは6版ながら、私が読んだのは初版。


 人間とはいつだって理由を求める生き物である。
 とは言え、恐らくは本当に欲しいのは理由そのものではない。それが正しいかどうかなど、実のところはどうだっていいのかもしれない。怖いのは理由の不在、「分からない」ことなのだ。


 私が子供の頃のある夜中、自室のドアが軋みながら開いた。それも曰くありげな雰囲気をたっぷりと含んで、ゆっくりと。
 その瞬間、ベッドの上でうとうととしていた私に「何故ドアは開いたのか」との絶対に解かなければならない問いが突きつけられた。
 私は当時飼っていた猫がドアを開けたのだと信じた。理由はそこにしか求められなかったからだ。
 けれども私はベッドから顔を上げてドアを確認することはしなかった。出来なかった。
 そこにもしも猫がいなければ、私は再度「何故ドアは開いたのか」との疑問と対面せねばならなくなってしまうからだ。
 猫説が退けられてしまえば、私に打つ手はない。そうなれば「分からない」ことを認めざるを得なくなってしまう。それは恐怖以外の何者でもなかった。

 その夜の私にとって大切だったのは、「何故ドアが開いたのか」との問いに対する真実ではなく、嘘でも良いから信じられる確からしい答えでしかなかった。
 まだ子供だった私は、自分がひねり出した猫説を抱いて眠った。恐怖心故に、真実の確認を放棄した。「分からない」という事態から逃げ出すために、確からしい答えに縋った。
 今となってはあの夜の真実はもう闇の中だ。すっかり灰になってしまった当時の猫にでも尋ねでもしない限り、分からない。だが猫とて、そんな些細な出来事を覚えてなどいないだろう。

 起こったのはただ、ドアが軋みながら開いた、との一点のみである。風の悪戯か、はたまた猫の気まぐれか、理由などきっと下らないことなのだ。
 けれどもその出来事は私に「分からない」ことの恐怖を刻みつけるのに充分であった。
 当時の私ですら、こんなちっぽけなことに心の底から動揺する自身を嗤った。それなのに、自説を確かめる勇気は持てなかった。これほどまでに容易に恐怖に陥る己を不思議に思った。
 「分からない」ことは、「分からない」ことを認めることは、実に恐ろしい。



 だが、分からないことはたくさんある。
 最も分からないことは最も身近なこと、つまりは自分自身である。特に瞬間的にわき出る強烈な感情、他者に対する恨みや嫉み、殺意などのドロドロとしたものの出所は謎だと言われることが多い。
 個人的には凡人である以上、真っ黒い感情が噴出して何が不思議かと思うのだが、作者ラッセルはそれらの「悪」の一文字で括られる感情が「わたし自身をこえたところからくる(p.272)」ように感じられるのだそうだ。
 そして、「この経験は多数の文化圏に住む精神的に健全な人びとに共通している(p.272)」らしい。
 


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『中世の身体』感想:★★★☆☆

2012.03.30 Fri


中世の身体

ジャック ル=ゴフ 藤原書店 2006-06
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 中世を主なフィールドとする歴史家ル=ゴフが、文化ジャーナリストのニコラ・トリュオンの協力の下に書き上げた1冊。
 原著ではトリュオンの名前も入っているようなのに、日本語翻訳版のこちらからは名前が削られていてやや不憫。

 現在のヨーロッパを産み出す源泉を中世に見いだし、その諸々を実際に取り上げて色々と語ってはいるが、踏み込みは浅い。
 この内容でこの値段はちょっとなぁ、と正直なところ思わなくもない。が、数多の図版は全て日本語版オリジナル、それもその多くが翻訳者の一人である池田健二が撮った写真だと言うのだから驚き。
 これらの図版が作者が示したいものとピタリと一致しており、本書に分かりやすさという魅力を与えている。その一点だけで単行本である価値があるのかもしれない。



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『身体論のすすめ』感想:★★★★☆

2012.02.26 Sun


身体論のすすめ (京大人気講義シリーズ)

菊地 暁 丸善 2005-04
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 おや、意外と面白い。というのが率直な感想。
 門外漢にも身体について考えてもらおう、とのコンセプトで、幅広い分野の研究者から「身体論」をテーマに講義を行ってもらい、それを書籍化したのが本書。
 収録されているのは以下12章。続く13章目の身体論を考えるのは、読者の私であり貴方であるのだそうだ。

序章:「寄せて上げる冒険 ――あるいは身体のポリティクス――」 菊池暁
第Ⅰ部:表現と身体
 ・第1章 「ポルノ的身体とは何か ――表象理論と身体――」 大浦康介
 ・第2章 「日本で裸体を描く ――美術と身体――」 高階絵里加
 ・第3章 「音楽は『聴く』ものか ――音楽と身体――」 岡田暁生
第Ⅱ部:行為と身体
 ・第4章 「僕は、昔、皿洗いだった ――技能の身体――」 菊池暁
 ・第5章 「痛み・悼み・祈る ――宗教と身体――」 小牧幸代
第Ⅲ部:制度と身体
 ・第6章 「明治維新と天皇 ――天皇制の身体――」 高木博志
 ・第7章 「教室で座るということ ――学校と身体――」 谷川穣
 ・第8章 「耕す体のリズムとノイズ ――労働と身体――」 藤原辰史
第Ⅳ部:科学と身体
 ・第9章 「『機械』と『歴史』のあいだ ――生命科学の身体観――」 加藤和人
 ・第10章 「『血液循環の発見』とは何か ――近代医学の身体観――」 田中祐里子
終章:「言葉にできない ――死と身体――」 森本淳生


 各章に対する感想は続きを読む以下で。



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『女の皮膚の下―十八世紀のある医師とその患者たち』感想:★★★★★

2011.11.24 Thu

女の皮膚の下―十八世紀のある医師とその患者たち

バーバラ ドゥーデン 藤原書店 2001-11
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 皮膚とは何かと問われれば、それは外界と「私」とを分け隔てる決定的な境界線であり絶対的な防護壁だ、と私は答える。
 なんらかの障害物により外界から隔てられた内世界の確保は生物の絶対的条件の一つであり、さらにその内世界に一定の恒常性(ホメオスタシス)を有し、自力でDNAを複製する能力を有するものを「生物」と呼ぶことになっている。
 DNAの複製能力が生物に必須の条件であるかについては、私は正直疑問である。この定義だとウイルスは生物とは呼べないこととなるが、DNAないしRNAを利用する以上、生物の枠組みに入れてやりたい気もする。そもそもこの、DNAと遺伝の関連が発見されたのはまだ比較的近年のことでもあるし、定義が確定しないのも当然かと思われる。
 だが外界と己の境界線(人間にとっては皮膚)の保持に関しては、絶対的で恒常的な、現代だけではなくもっと昔から変わらぬ当然の認識だと、私は本書を読むまで信じていたのだ。何の確証もないのに。いや、確証など必要としないほどに自明のことだと思っていたのだ。
 私にとって皮膚は、「恐ろしい」外界から私の中身を守ってくれる素晴らしい守護者であり、「私」という物理的な存在の揺らぐ余地のない外枠でもあった。
 皮膚が破れて中身がこぼれ落ちることが恐怖ならば、皮膚が開かれ外部から何かが侵入するのもまた恐怖である。
 だが一体いつから外部は「恐ろしい」存在になったのだろうか。そもそもそれは何故、恐ろしいのだろうか。
 私が想像するのは、空気中に漂う目に見えないウイルスや細菌たちである。だが彼らが発見されたのはそう過去のことではなく、それ以前は空気中には彼らは「存在しなかった」のである。認識されない存在は、存在しないのと同義なのだから。


 本書でドゥーデンが取り上げたのは、サブタイトルが示すように十八世紀をドイツはアイゼナッハとゴータで生きた内科医であるシュトルヒが記した、彼が後輩の内科医のためにと出版した書物である。シュトルヒは彼の住まう街とその周辺の患者を診たが、本書の対象となったのは女性患者たちの治療である。
 未だウイルスも細菌も発見されていない当時に於いては、外部は恐ろしい存在ではなく、皮膚もまた絶対的な守護者ではない。それどころか、皮膚は外部と「私」を隔てる障害物ですらないのである。



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『民衆本の世界―17・18世紀フランスの民衆文化』感想:★☆☆☆☆

2011.11.14 Mon

民衆本の世界―17・18世紀フランスの民衆文化

ロベール マンドルー 人文書院 1988-09
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 本棚を見れば相手の人となりが分かる、と言ったのは誰だったか。はぐれ刑事純情派の安浦刑事だっただろうか。
 個人の本棚からその人の趣味嗜好が分かるならば、ある時代、ある身分の人物の本棚を覗いて回れば、当該の時代・身分の人たちが何を好み、何を欲していたかの平均値が分かるのではないか、と言うのが出発点であり、今回マンドルーが対象とした「ある時代、ある身分」とは17・18世紀の、人数的には大多数を占めていた「民衆」である。

 ただ貧しい彼らは高価な本を買うことは出来ない。彼らが所有していたのは僅かな金で買える粗悪な青表紙の本のみであり、通称「青本」と呼称されたそれらには資産としての価値は無く、従って死後の遺産目録に記載されることはない。
 ならばどうやって当時の民衆が所有していた本を知ることが出来るだろうか? 調べるためには元となる資料が必要である。
 マンドルーが目を付けたのは、民衆相手の粗悪本を売っていた版元兼印刷所であった。トロワ市立図書館にたまたま寄贈されていた約450点の青本を手がかりに、マンドルーはそれらの内容を分類し、民衆の好みを知ろうとした。



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『吸血妖魅考』感想:★★★☆☆

2011.07.06 Wed
吸血妖魅考 (ちくま学芸文庫)
吸血妖魅考 (ちくま学芸文庫)モンタギュー サマーズ 日夏 耿之介 Montague Summers

筑摩書房 2003-08
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 珍しく図書館で借りた本。現在は絶版。中古で買おうと思っても、お値段が結構張る。

 著者はモンタギュー・サマーズと日夏耿之介(ひなつ こうのすけ)の2人となっているが、実際はサマーズの『ヨーロッパに於ける吸血鬼 (The Vampire in Europe)』と『吸血鬼―その一族と血縁 (The Vampire; His Kith and Kin)』2著作をベースに日夏氏が仕立て上げた吸血鬼総論と、氏の随筆「吸血鬼譚」を併せて収録したもの。つまりはサマーズの著作からの引用は多いが、実際は日夏耿之介の作品である。
 なので、サマーズの著作の日本語訳を期待して読むと、肩すかしを喰らう。この2作品は未だに日本語訳は出ていないようだ。


  「吸血鬼」が現在、実際に存在すると思っている人は少数派だろう。あくまでも吸血鬼の実存を信じているらしいサマーズに対して、日夏の筆はやや冷ややかだ。
 吸血鬼とは血を啜る怪物。多くは死して後に蘇った存在。生ける屍。
 死んだはずの人間が蘇る、あるいは死人が自身の死を理解できずに生者のごとく振る舞うという話は数多い。
 それは確実に怪異ではあるが、妙な説得力を持って私に迫る。私は自分がいつから生きているかなんて知らない。ならば死んだ後にだって、自分がいつ死んだのか分からずに彷徨う可能性はある。昨日まで生きていた人が今日は死んでいる。ならば明日にはまた生きているかもしれない。
 生から死への移行は不可逆、一方通行だ。そんなことは頭では分かっている。分かっているけれども、納得しきれない。
 「○○が起こる」ことを証明するのは容易いが、「○○が起こらない」ことを証明するのは難しい。前者は1つの実例を挙げれば済むが、後者はそうはいかないからだ。ある人が死んだ。そして二度と生き返らなかった。その事実は、人間だれしもが死から蘇り得ない証明にはならない。彼が駄目でも彼女には可能かもしれない。彼女が駄目でも誰それなら出来るかもしれない。可能性はいつだってある。



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『火の賜物―ヒトは料理で進化した』感想:★★★★★

2011.07.02 Sat
火の賜物―ヒトは料理で進化した
火の賜物―ヒトは料理で進化したリチャード・ランガム 依田 卓巳

エヌティティ出版 2010-03-26
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 これは良書。ここ最近の(と言えるほど読んでもいないのだが)サイエンスノンフィクションの中では、一番のヒット。
 一応最初に断っておくが、私は基本的に「でかい仮説」をぶち上げる人が非常に好きである。蛸壺化が進行する現代科学において、その境界線に穴を開け、分野を越える大きな仮説を提唱するだなんて、それだけで偉大だと思うからだ。
 分野を越えると言うことは己の守備範囲から飛び出すということであり、そして越えた先の分野の研究者から「専門外のくせに」とせせら笑われる危険性をいつだって秘めている。
 その全てを覚悟して、受け入れて、それでも己の仮説を信じて戦い続け、新たに知識を得る度に仮説の修正をし、そしてそしてこんな一般書を発行するに至るほどの結果を得るとは、そこまでにどれだけの苦労と苦難があったことか。
 まぁ、そんな私の嗜好全開で星5つ評価。ちなみに同じ理由でマクリールの『疫病と世界史』もとても好きだとここで告白しておく。


 長くなったので、続きは折りたたみ。


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